<65>黒澤明と決裂 着替えた途端に信玄なりきった勝新太郎
1980(昭和55)年に公開された黒澤明監督の映画「影武者」は、志半ばで倒れた武田信玄の死を隠すために影武者となった盗人と家臣団の葛藤を中心に、武田家の滅亡までを描いたスペクタクル時代劇だ。公開当時は、日本映画の興行収入で歴代1位を記録する大ヒットとなった。海外での評価も高く、米アカデミー賞の外国語映画賞と美術賞にノミネートされ、仏カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞している。
同作の主演に抜擢されたのは、キャリアの晩年を迎える前、押しも押されもせぬ大スターとなっていた40代後半の勝新太郎だ。与えられたのは、武田信玄と、その影武者の1人2役。日本を代表する人気俳優と、世界的な映画監督のコラボレーションは、多くの映画ファンの期待を集めた。
ところがいざ撮影が始まると、細かい衝突を続ける2人に現場は混乱。自らの要求を押し通そうとする勝がへそを曲げて車に籠城すると、黒澤は勝の説得を諦めて仲代達矢を代役に据えた。この戦後の芸能史に残る降板劇も、大いに話題となった。
「勝さんはなんでも勝手に自分でやり始めるからね。黒澤さんは、やりにくかったと思うよ。ただ、勝さんが演じていたら、もっとすごい映画になっていたんだろうな~って思うね。俺は実際に勝さんが演じているテスト版みたいなのを見たことがあるんだけど、やっぱり迫力が違うからな。仲代さんが悪いってことじゃないよ。仲代さんには仲代さんの良さがあるんだろうけど、黒澤さんの中でも、あくまであの作品は勝さんのイメージで成立してたわけだからさ。残念だよ」