電気を拝借していたことがバレた! フランス人大家が放った一言は…
「この連載もそろそろ佳境を迎えつつある。今回は、フランスという国のアートに対する寛容さを、いま一度伝えたい」
こう口にすると、松井氏は顔をほころばせ、自身の若かりし頃を振り返りながら説明する。
「20代後半、ピカソと出会った私はそれなりに画家として収入はあったものの、稼ぎのほとんどは家賃と光熱費に消えていった。夜遅くまでキャンバスと向き合うため、節約で部屋の電気を共用部分から拝借していたら、あるとき大家に見つかってしまった。泥棒扱いされ責められるかと思ったら、そうじゃないんだ。私が画家だとわかると、『絵を見せてほしい』という。部屋に招くと、大家は『このままここにいてほしい』と言い出した。驚くことに、私が大成すれば、この部屋に箔(はく)が付く。だから追い出すことをしなかったのだ。芸術が経済原理の大きな一翼を担う、フランスという国の面白さを物語る一例だと思う」
なんでも、フランスではホテルに飾ってある絵は、宿泊者が購入することもできるそうだ。
「気に入った絵があれば交渉できる。そんなささいなところにも平等の精神が表れている。そういった意識が根付いているため、人権に対しても包容力がある。フランスでは、寒い時期にお金がなくなり家賃が払えない状況になっても、決して外に放り出すようなことはしない。プロトコル、いうなれば階級のようなルールこそ存在するが、人権意識は徹底されている。そうではなかったら、日本国籍のままの私にレジオンドヌールを受章させたりはしないでしょう(笑い)。ピカソはスペイン人、シャガールはロシア人、フランスのアートというのは外国人がつくり上げてきた側面も強い。嫌がらせをしてくる人がいる一方で、外国人に対しても手を差し伸べる、拾う神が必ずいるんです」