「青い鳥、飛んだ」丸山正樹氏
「青い鳥、飛んだ」丸山正樹氏
万引は窃盗罪にあたるれっきとした犯罪であり、見過ごされるべきではない。しかし、捕まえようとしたはずみに万引犯を死なせてしまったらどうなるか。人を殺した方が断罪されるべきか、それとも万引犯の自己責任か。どちらが“正義”だろうか。
「罪と判断されるものを見つけたら最後、徹底的に袋叩きにする。そんな昨今の風潮に違和感を覚えていました。罪を償うことは大前提で、悪いのも本人です。しかし、一度でも道を踏み外した者は絶対に許さず排除するという『不寛容』な社会の未来はどうなってしまうのか。そんな思いで物語を執筆しました」
柳田克己はコンビニ店のオーナー。商社の課長職にあった入社20年目に早期退職者募集に応じ、前職で培ったマーケット分析力で順調な経営を続けてきた。唯一の悩みといえば、万引の多さ。しかし“不正”を忌み嫌っていた柳田は、“絶対的な悪”として万引犯を捕まえ、警察に突き出すことに喜びすら覚えていた。
その日も“最低の人間”を見つけて捕まえようとするが、揉み合ううちに相手を押し倒してしまう。そして、犯人が後に死亡したことで逮捕され、傷害致死罪に問われることになる。
「万引をされた被害者から一転、加害者になり責められる。立場が百八十度変わってしまうような出来事は、誰の身にも起こり得ます。正しいことをしているつもりが、行き過ぎた正義感から人を追い詰め、結果として自分が転落する。現代社会にはそんな危うさがあるように感じます」
本作にはもうひとりの主人公が登場する。違法メンズエステで働くミチルだ。彼女は高校時代に万引で捕まり、退学処分を受けていた。その後は夜職に就くもコロナ禍で失業し困窮。グレーな性風俗として活況を呈していたメンズエステの世界に足を踏み入れた。ミチルは親から虐待を受け、児童養護施設で育ってきた。ひとりで生きていくため、選択肢は多くなかった。
やがて、万引により人生が暗転した柳田とミチルが、ある事件をきっかけに出会うことになる。
「実は本作を執筆する前、何も書けない状態に陥り、すべての仕事を白紙にしていました。しかし、1行ずつでも書いてみようと筆をとったとき、自分の中にあった2つの題材が浮かび上がりました。そのひとつが、万引犯を追い詰めて死なせてしまった実際の事件。そしてもうひとつが、性を売るということ。共通点がないようで、『不寛容』や『自己責任』というキーワードがリンクし、物語が動き出しました」
コロナ禍、性風俗事業者は給付金の対象外とされ、“水商売女性の受給叩き”が起きた。本作はその事態も含め「シーセッション(女性不況)」の過酷な現実も描く。また、SNSによる過激な攻撃や、社会的に孤立し犯罪への躊躇が消失した“無敵の人”など、現代社会の闇が巧みに織り込まれている。タイトルの“青い鳥”は幸せのイメージだが、果たして結末は……。
「本作が、自分の正義は歪んでいないかを考えるきっかけになれば。今年で作家生活15年を迎えますが、再スタートの一冊となりました。これからも書いていけそうです」 (角川春樹事務所 1870円)
▽丸山正樹(まるやま・まさき) 1961年東京都生まれ。「デフ・ヴォイス」で作家デビュー。続編に「龍の耳を君に」「慟哭は聴こえない」「わたしのいないテーブルで」などがある。「読書メーター OF THE YEAR 2021」に選ばれた「ワンダフル・ライフ」はじめ「漂う子」「刑事何森 孤高の相貌」「夫よ、死んでくれないか」など著書多数。