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大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

加賀まりこ主演「梅切らぬバカ」が大健闘!“名タイトル”に込められたメッセージ

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 ミニシアターを中心とした今年の映画興行は、邦画、洋画ともにヒットが少なかった。クオリティーが高い作品が多いのに興行に結びつかないことが増えている。大問題である。コロナ禍でかねてから映画館に足を運んでいたミドルユーザー、ライトユーザーが減少したとの報告もある。これはミニシアター系作品だけではなく、興行全般にいえることだろう。とくに洋画興行への影響は無視できない。映画に比較的関心のある層が、さまざまな映像作品を提供する配信の視聴に移行していることも関係があるかもしれない。

■興収1億2000万円を突破

 このような状況下、1本の邦画が好調な成績を続けて話題になっている。加賀まりこが、何と54年ぶりとなる主演を果たした「梅切らぬバカ」だ。11月12日から、都内・シネスイッチ銀座など全国44館でスタートし、すでに興収1億2000万円を超えた。今月23日には動員10万人を突破した。いま、単館系興行で1億円を超える作品は少ない。この勢いから全国での館数も増え、現在は135館になっている。口コミがきいている証拠だ。

 映画は母と自閉症の息子が生きていく姿を軸に展開する。2人の家の隣に住み始める一家、息子が一人で暮らすことになるグループホームの仲間たち、ホームの運営に批判的な地域住民らとのかかわりが描かれる。タイトルの「梅切らぬバカ」とは、「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」という言葉からきている。それは木の剪定にあたり、木にはそれぞれの特性があることから、一律に切ればいいというものではないことを示す。ちょっととっつきにくいタイトルではあるが、映画を見ると、染み入るように感じ取れる。今年の名タイトルのひとつであろう。

■作品の世界観を象徴する冒頭のシーン

 道端にまで伸びた梅の木が冒頭から登場する。木の下の近くで、母は息子の髪を刈っている。そのほんわかとした雰囲気から、すぐに本作に流れる独特のリズム、作風が知れていく。独特のリズム、作風とは、描かれる人間関係において、一本筋が通っていることだ。おおげさな素振りの登場人物もいるが、ことが起こったら冷静に対処されていく。ひとつの凝り固まった見方、発言、行動が極力抑えられる。

 話が進むにつれ、そのことが鮮明になっていく構成が見事だ。さまざまな人間模様は楽観とも悲観ともつかない。この距離感がなかなか心地よかったりする。加賀まりこ扮する母・珠子が、その空気感、時の流れを醸成している。

高齢化社会への問題意識

 占いを仕事にしている珠子は、いろいろな問題が起きても、極端な動じ方はしない。感情が乱れることも当然あるが、周囲が見えなくなるような混乱には至らない。一例が、グループホームの運営に反対する住民たちとの話し合いのときだ。自ら参加し、相手側に対し説得力のある言葉を投げかける。理屈をこねくり回すのではない。普通人のまっとうな思考にちょっと機転を重ねた発言だ。これが、やけに胸がすく。

 珠子は塚地武雅扮する息子・忠男との親子関係でも、過度にべたべたしない。もちろん、彼女の忠男への愛情は深い。だからいろいろ気遣う。心配もする。ただ度を越さない。グループホームへの入居も意外にすんなり決めてしまう。忠男のちょっとしたアクシデントにも慌てふためかない。忠男への愛情と、そこから生まれる気持ちや行動が、さっぱりしていて矛盾しない。

 当然、これから年を重ねる自身のこと、忠男とのことは常に頭をよぎっている。その強い思いが冷静さの中で生活実感に根差した確かな方向性に軸足を定めていく。本作の真骨頂が、そこにあると思った。これは映画で描かれた2人だけの話、問題ではない。高齢化社会の中、人はどのように生きていったらいいのか。個人、家族、仕事、地域、社会、そして国。その関係性の中でさまざまな問題が次から次へと起こってくる。誰もが直面することだ。

 ヒットの理由を改まって記述はしない。ただ、映画を見た多くの人が、まさに自身のこととして身につまされ、考えさせられるであろうとは推測できる。口コミがきいているとは、そういうことである。年末に、いい映画を見た。加賀、塚地とも名演である。2021年の希望の1本だと思う。

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