「新しい演劇」を領導したロペ・デ・ベーガ「観客という凄まじい怪物 スペイン・ハプスブルク時代の演劇世界」佐竹謙一著

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「観客という凄まじい怪物 スペイン・ハプスブルク時代の演劇世界」佐竹謙一著

 現在上映中のクロエ・ジャオ監督の映画「ハムネット」は、ウィリアムとアグネスのシェークスピア夫婦の息子ハムネットの死と家族の苦悩を背景に名作「ハムレット」誕生の経緯が描かれている。その中で芝居を熱心に見る観客と当時の劇場の様子も出てくる。16世紀半ば~17世紀半ばのイングランドではシェークスピアをはじめとして演劇が盛んだったことが有名だが、同時代のスペインにも空前絶後の演劇ブームが到来していた。スペイン黄金世紀と呼ばれる16世紀後半~17世紀には1万編を超える作品がスペイン各地で上演されたという。本書はこれまで紹介されることの少なかったスペインの大衆演劇の実態とその周辺の事情を明らかにしたもの。

 スペインの演劇史上画期を成すのは、ロペ・デ・ベーガの登場だ。それまではカトリックの教義に関連した演目や宮廷貴族を対象にした演目がほとんどだったのに対し、ロペは大衆の好みに合わせた「新しい演劇」を領導した第一人者だ。並はずれた数の作品を残し、当時の大衆を大いに沸かせた。かのセルバンテスも当初は劇作家を目指していたのだが、ロペの才能には及ばず小説に転身したという(おかげで「ドン・キホーテ」が生まれたわけだが)。

 大衆演劇の演目の話題の多くが身近なもので、卑劣な貴族やお偉方がこらしめられる展開を見て、大衆は日頃の鬱憤を晴らす。それと同時に、文字を読めない者たちにとって、芝居は社会の出来事を知る重要な情報手段でもあった。とはいえ、観客はおとなしく芝居を見ていたわけではない。気に入らない芝居であれば、役者に罵詈雑言を浴びせ、石を投げたり、わいわい騒ぎ立てる「凄まじい怪物」でもあったのだ。

 思えば、日本で歌舞伎が誕生して一世を風靡し、フランスでコルネイユ、ラシーヌ、モリエールが活躍するのもほぼ同時期。当代は世界的な演劇の世紀といえるだろう。 〈狸〉

(講談社 2530円)

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