大高宏雄
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大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

「シン・エヴァ」100億円超え、ディズニー作品不発…2021年の日本映画界を考察する

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 昨年同様にコロナ禍の影響をもろに被った今年の映画興行だが、現時点では昨年対比で110~120%台の興収で推移しそうだという。これをどうとるかはいろいろな見方がある。映画関係者に聞くと、この時世のなか、よく健闘したととらえる人もいる一方で、まだまだ観客が戻ってきていないとの指摘も多い。

 一昨年との比較でいえば、だいたい60%台前半になりそうだ。2019年は過去最高の興収(2612億円)を記録している。最高水準と比べてもどうかと思うが、回復基調にはいまだ遠いとはいえるだろう。

■興収トップは「シン・エヴァンゲリオン 劇場版」

 邦画と洋画を合わせた作品別の興収トップは、「シン・エヴァンゲリオン 劇場版」(配給・東宝、東映、カラー)だ。推定102億8000万円前後とみられる。「名探偵コナン 緋色の弾丸」(推定75億5000万円/東宝)、「竜とそばかすの姫」(同65億3000万円/東宝)、「東京リベンジャーズ」(同44億7000万円/ワーナー・ブラザース映画)、「るろうに剣心 最終章 The Final」(同43億4000万円/ワーナー・ブラザース映画)が続く。邦画アニメーションが、全体のトップ3を占めるのも今年の大きな特徴である。

 洋画は「ワイルド・スピード ジェットブレイク」(同36億6000万円/東宝東和)がトップだ。全体では9位。今年の興行は、やはり洋画が厳しかった。公開延期の影響もあり、これは昨年と同じである。

 そんななかで、近年の洋画興行を牽引してきたディズニー配給作品の調子がまだ出ていないことが大きい。同社配給作品の10億円以上は、「エターナルズ」(同12億円)のみ。ちなみに、興行ピークの19年は洋画作品別興収トップテンに5本入り、その累計興収は何と400億円近かった(19年11月公開の「アナと雪の女王2」は除く)。今年との差は歴然である。

■宣伝の「立ち上がり」が遅い

 洋画興行が軌道に乗らない理由はいろいろあるが、今回は一つのことを考えてみたい。それは「以前より、立ち上がりが遅くなっているのが気がかり」と話す大手の興行関係者がいると聞いたことに端を発する。「立ち上がり」とは、宣伝の「立ち上がり」を指す。宣伝のスタートが遅くて、作品が広く浸透していないなかで公開が始まってしまい、結果的に興行が振るわないケースが増えているというのだ。

 この事例は洋画で目立つ。邦画は原作など、それなりに知名度、認知度があることが多いが、洋画は邦画と比べて数が少ない。だから、かつての洋画大作は正月作品などの場合、浸透度を高めるためにテレビスポットや新聞広告で公開6カ月前あたりから「立ち上がった」ことが結構あったものだ。それが、今では公開1カ月前どころか、間近になっても宣伝の露出がそれほど出ないことも珍しくない。

 関連してこんな話もある。各配給会社は「エスティメイト」といって、どの作品にも予想される興収の目安をもっている。当然である。映画にかかわらず、どの職種も新商品の売上げの見通しを立て、そこから販促の戦略を練り上げる。最近の一部の洋画は、そのエスティメイトがやけに下がっている印象がある。目標値を高く設定していない。下げてしまえば、宣伝コストも低くせざるを得ず、立ち上がりの遅さも理解はできる。当然の企業論理だが、これでは作品の興行ポテンシャルは上がっていかない。

 このような切り口、視点で映画を判断していくと、宣伝、興行ともに、すべてが小さく収まってしまう。確かにこの中身ではヒットは難しいと誰でも無責任にいえるが、配給会社はそうであってはならないと思う。配給会社が評論家的な判断基準を下しても仕方がない。映画がもつ未知なる興行のポテンシャルを、作品の隅々にまで目を凝らして、どこかで探す必要があるのではないか。

 すべての作品でそうすべきだというつもりはない。年に何本かの勝負作で、そのポテンシャルを可能な限り引き出す努力をする。「立ち上がり」も早くする。ここが、とくに肝要と思う。

■2022年は洋画大作の公開多数

 洋画は、これからも国内の興行の鍵を握る。来年は大作揃いで今年のようなことはないかもしれないが、予断は許さない。コロナ禍云々を超え、配信の普及含めて、洋画興行は以前のようには戻れない気がしてならない。来たるべき過酷な現実を想定して、ここは映画界全体の踏ん張りどころであろう。

 今年の興行を客観的に分析するのもいいが、自戒も込めて、それだけでは言葉は強く響かなくなってきたのではないか。一つ一つ、現実に即した丁寧な提案もしていきたいと思う。

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