「じつは残酷な『ほめ育て社会』」榎本博明氏「ほめ育て社会では、自分を鍛える力を持っている子以外は社会に置いていかれてしまうんです」
「じつは残酷な『ほめ育て社会』」榎本博明氏
学校でも、職場でも、厳しいことを言う人が減っている。家庭ですら子供を叱らない親が増えている。「ほめて育てる」社会の広がりでほめられることに慣れすぎて、叱られたり、厳しいことを言われることに免疫を持たないまま社会に出ていく若者たちが増加していると著者は言う。
「昔は、外圧によって鍛えてもらうことがありました。宿題をやらない、遅刻するなど、自分に甘い子でも、学校の先生や地域の共同体などが厳しかったので嫌々でも頑張るしかなく、それによってだんだん心も能力も鍛えられていったのです。ところが、ほめ育ての社会では、注意したり、厳しいことを言ってくれる人がいないため、自分で自分を鍛える力を持っている子以外は社会に置いていかれてしまうんです」
本書は心理学者であり、また長年、複数の大学で教壇に立ち多くの学生や教員、保護者と接してきた著者が、一見優しそうな「ほめ育て社会」が、子供にとっては残酷で、またさまざまな弊害を社会にもたらしていることを指摘し、警鐘を鳴らすものである。
欧米風「ほめ育て」が流行したのは1990年代。その際に、文化の違いが考慮されなかったことが今につながっている。欧米は学校も社会も厳しく、小学生でも落第し、仕事もできなければ即解雇の世界だからこそほめる言葉が必要だった。だが日本は甘えを受け入れていた社会。義務教育のため落第はなく、仕事でも即解雇などもない優しい世界だったところに、言葉でもほめるばかりになってしまった。こうした時代に生まれ育った子供たちに忍耐力の欠如という問題が生じている。
たとえば、会社で仕事のやり方を注意されると「パワハラを受けた」と感じる。成果が出せずほめてもらえない状況になると「やる気が出ない」。若い部下を抱える管理職の苦笑いが見えてきそうだ。
ほめることは、ほめる側である親や教師にとっては、ラクである。相手は機嫌がいいし、その場の雰囲気もよくなる。だが、それは本当に子供のためになるのか、と著者は疑問を呈する。
「ほめ育ての問題点は、逆境を乗り越える力が育たないこと、欲求不満に耐える力が高まらないことなどが挙げられます。社会に出れば思い通りにならないことばかりなのは、皆さんも経験済みでしょう。だからこそ、自己コントロールが大切なのですが、ほめられないとやる気が起こらない『モチベーションの外部依存』に陥っていては、とても予測のつかない社会を生き抜いてはいけません。ほめ育て社会の裏には、本人の持つ素質の差が出てしまうという危うさが隠れているんです。自分で自分を鼓舞できる人だけが壁を乗り越えられる。つまり、二極化していくんですね」
本書では、「授業中クラスメートが騒いでいたのに先生はしっかり叱らない。先生、本気で私たちを叱ってください」と新聞に投稿した中学生の声を紹介。ほかにも親や教師がほめる動機に不信感を持つ学生など、ほめられる側も、一抹の不安を感じていることがうかがい知れる。
「人間は注意されないと、メタ認知機能が働きません。鍛えるべき要素があっても気づけず、そのまま大人になってしまう怖さがあるんです。将来、自立した大人になれないことで困るのは誰なのか、と問いたいですね」
ほめ育ての功罪をいま一度、考えるきっかけになりそうだ。
(日経BP 990円)
▽榎本博明(えのもと・ひろあき)1955年、東京生まれ。心理学博士。MP人間科学研究所代表。東京大学教育心理学科卒。著書に「伸びる子どもは〇〇がすごい」「自己肯定感は高くないとダメなのか」ほか多数。



















