【星と月は天の穴】バツイチ小説家の虚無的な性の日々

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テアトル新宿ほか全国公開中

 原作は吉行淳之介の同名小説(芸術選奨文部大臣賞受賞)、監督は「身も心も」「火口のふたり」の荒井晴彦。今度の男と女はどんな肉欲を突きつけてくるのかと興味津々だ。となれば見ないわけにはいかない。

 1969年。小説家の矢添(綾野剛)は妻に逃げられて以来10年、独身のまま40代を迎えていた。偶然再会した大学の同級生(柄本佑)から、彼の娘が21歳になると聞いて時の流れを実感する一方、離婚によって空いた心の穴を埋めるようにお気に入りの娼婦・千枝子(田中麗奈)と肉体を交えている。

 不惑を過ぎても葛藤する矢添は小説の主人公・A(綾野=二役)に自分を投影し、20歳も年下の大学生・B子(岬あかり)との恋模様を綴ることで「精神的な愛の可能性」を探求していた。 

 そんな折、矢添は大学生の紀子(咲耶)と運命的に出会う。クルマで紀子を送り届ける途中、彼女の“粗相”がきっかけで情事に至り、矢添の心情にも変化が現れ始めた。無意識なのか確信的なのか……。距離を詰めてきては心に入り込んでくる紀子の振る舞いを、矢添は恐れるようになる。

 一方、久しぶりに会った千枝子から「若いサラリーマンと結婚する」と聞かされ、矢添は「最後に一緒に街へ出てみるか」と彼女を誘い、娼館の外で夜を過ごすのだった……。

 3人の美女が全裸を披露しているが白黒画面のため、肌の艶めきはやや薄い。ただ、白黒のせいで男と女の性の営みが重厚さを増した。盲腸手術の傷や唇などのパートカラーが女体の魅力を引き立たせる趣向だ。

 主人公の矢添はバツイチの小説家だけあって、どこか感覚が違う。娼婦であろうと女子大生であろうと女は自分を楽しませるための道具と考えているふしがある。深い関係の紀子ですら、自宅に入ることを拒む。バリアを張っているのだ。物腰は穏やかだが、矢添の目は常に冷たく、真の笑いはない。虚無的な雰囲気をずっしりとまとっている。

 彼は女たちに癒しや安息を求めることはない。では何のために女体を求めるのか。もちろん40代にして今なお旺盛な性欲を満たすためもあるだろう。だが女たちを渡り歩くことで自分がどのように反応するか、その結果を楽しんでいるように思える。

 だからセックスの最中に「気持ち良い?」などと相手の喜びに気づかうことはない。ただ黙々と行い、おのれを満たしてしまえばさっさとパンツをはいて立ち去ろうとする。

 時は69年。東大安田講堂の攻防戦で学生たちが敗北し、シラケの時代に突入する前夜である。劇中に出てくるアポロ11号の月面着陸は人々が何かに燃えた最後の象徴のように思える。ここから70年代に入り、学生運動の炎が消え、大衆が沸騰しない世相が始まった。そうした時代の転換点に、矢添は性欲が強くても愛情を拒む男として我が道を歩む。いわば孤高のナルシスト。彼もまた沸騰しないのだ。

 綾野剛の枯れた演技によって再生されたシラケ男はすこぶる興味深く、魅力的でもある。なぜなら筆者もまた矢添のように、心を石にして女たちとの関わり合いを味わってみたいと思うからだ。おそらく本作を見た大人の男性は矢添に自己を投影し、何かを模索するだろう。

 そもそも矢添自身が小説の主人公に自分を投影している。彼が自己を実験材料にして書こうとするテーマは「愛情」なのか、それとも「虚無」なのだろうか。(製作・配給=ハピネットファントム・スタジオ)

(文=森田健司)

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