久保建英は13歳でU17入りも「『俺にボールをよこせ』と要求できるメンタリティーでした」(U17日本代表元監督・森山佳郎)

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FW久保建英(スペイン1部レアル・ソシエダード/24歳)

 5月15日の2026年北中米W杯の日本代表メンバー発表まで秒読み段階に突入。その動向を注視しているひとりが、2015~23年にU-17日本代表監督を務めた森山佳郎氏(仙台監督)だ。久保建英(レアル・ソシエダード)、中村敬斗(スタッド・ランス)を筆頭に複数のW杯候補を送り出した指揮官が、久保の成長ぶりを振り返った。

  ◇  ◇  ◇

 ──森山監督はU-17代表を4世代にわたって指導し、現A代表に10人近い選手を輩出しています。

「僕がU-17代表に関わり始めたのは2015年。それまでの年代別代表は技術を重んじる傾向が強かったと思います。でも、当時の日本代表は長谷部誠(日本代表コーチ)、岡崎慎司(バサラ・マインツ監督)、長友佑都(FC東京)ら年代別代表経験が皆無に近い選手たちが主力だった。『この状況を変えてほしい』というJFA(日本サッカー協会)からの要請もあり、『将来大物になる可能性のある選手を育てる』という方針で選手を選ぶことにしました」

 ──2015年4月のインドネシアが最初の海外遠征でしたが、久保、瀬古歩夢(ルアーブル)、菅原由勢(ブレーメン)といった選手たちが名を連ねていました。

「建英は当時13歳。バルセロナの育成組織所属でしたが、FIFA(国際サッカー連盟)から18歳未満の外国人選手獲得・登録違反による制裁措置を受けて帰国し、FC東京U-15むさしに入るタイミングでした。本人は『18歳になったらバルサに戻って試合に出る』という明確な目標を持ち、そこに突き進んでいたので、決してブレることはなかったですね。根っからのサッカー小僧で『うまくなりたい』『成功したい』という純粋な気持ちでボールを蹴っていた。バルサ育ちということもあり、年齢に関係なく『俺にボールをよこせ』と要求できる日本人離れしたメンタリティ-を備えていましたね。その建英への注目度が非常に高く、最初からテレビカメラが複数台来るような状況だったんで、瀬古や由勢は強烈なライバル意識を抱いていたはず。『俺を見てくれ』という気持ちを持っていたと思います」

 ──久保は当時から凄まじい注目を浴びながら、重圧に押しつぶされることなく、ここまで順調に成長している。

「タケは何か批判されても『僕、ディスられてるんですよ』と自ら笑い飛ばせるくらいのオープンマインドの持ち主。子供時代から騒がれる分、良いことも悪いことも言われるわけですけど、自分なりの処世術を身に着けていたんでしょうね。それも『バルサに戻る』という強い覚悟を持っていたのが大きかったのかなと。そのために何が足りないのか、を常に冷静に客観視して課題に向き合い続けたからこそ、18歳でレアル・マドリードに行けて、日本代表デビューも果たせたのではないかと思います」

 ──「00年世代」が個性豊かな集団だったことも久保の成長を加速させたのでは?

「そうですね。ハーフタイムの言い合いなんか何度もありましたから(笑)。ある時、タケが守備陣に『ちゃんと守れよ』と注文し、瀬古や由勢、谷(晃生=町田)が『おまえは守備しないくせに何言ってるんだ』と反論して、喧々諤々になったことがありました。僕が『このままピッチに出て行ったらバラバラになるぞ』といったん落ち着けて、後半に向かわせた記憶があります。今の若い世代は、面と向かって意見をぶつけ合うようなケースがほぼないだけに、彼らの負けん気の強さが印象的でした」

守備陣と言い合いに

 ──「打てば響く」子供たちでした。

「確かにそうです。僕はU-17の代表合宿のたびに『お前ら、どうせ消える』と言い続けていました。前に触れた通り、年代別代表から日本代表に上り詰める選手はほとんどいなかった。その実情をピッチ上や室内ミーティングで口を酸っぱくして言い続けました。タケや瀬古、由勢にも『おまえは今、ここにいるけどグループにいない選手に抜かれる。バイバイだ』と檄を飛ばしました。そのたびに『うるさいな』『今に見てろ』と反発心を燃やしたはず。由勢なんかは『20代半ばになった今もその言葉を忘れることはない』と言っていると聞きました」

 ──言葉の刺激だけではなく、00年世代はアジアやアフリカ、南米など過酷な環境の遠征でタフネスを磨き上げました。

「それも意識的にやったこと。最初のインドネシアに始まってウズベキスタン、ギニア、メキシコ、チリなどに世界中に遠征させてもらいました。インドには、2016年9月のアジア最終予選、2017年10月のU-17W杯を含めて3回行きましたが、最初の時は23人中18人が食中毒のような症状に陥った。彼らは食生活や自己管理、環境適応の重要性を学んだと思います。チリの時は飛行機に3回乗り継いて1日以上かけて辿り着く体験をして、時差調整とか移動の大変さを痛感したはず。そのうえで翌日から5連戦ですから、タケたちは代表で難しさを再認識したのではないかと感じます」

 ──そういう経験があるから、久保選手は日本代表序盤の苦境を乗り越えられたのかも。

「2019年6月のエルサルバドル戦でデビューしてから、3年も得点を取れませんでしたからね。最初は『入りそうで入らない』という印象だったけど、どんどんゴールから遠ざかっていくようにも感じられて気にはしていました。森保さんから使われない時期もあり、本人も悔しさを味わったでしょうけど、2022年6月のガーナ戦で初ゴールを挙げ、2022年カタールW杯にも参戦。今は中心選手になった生粋のサッカー小僧の向上心の強さはさすがですね」

(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト、絹見誠司/日刊ゲンダイ

▽くぼ・たけふさ 2001年6月4日生まれ、24歳。神奈川・川崎市出身。小学3年でJ川崎の下部組織入り。11年にスペインに渡ってバルセロナの年代別チームでプレー。15年にJ・FC東京の下部組織に入団。中学3年でJデビューした。17年に東京都プロ契約。19年6月にスペインの名門レアル・マドリードに移籍。マジョルカ、ビジャレアル、ヘタフェなどを経て22年からレアル・ソシエダードでプレーしている。U-17、U-20、U-23と年代別代表でプレー。19年5月に日本代表初選出(21世紀生まれ初)。21年開催の東京五輪(U-23代表)に出場した。身長173センチ、体重64キロ。

▽もりやま・よしろう 1967年11月9日生まれ、58歳。熊本市出身。熊本県立第二高校から筑波大。91年にマツダ(現J広島)入り。94年に主戦右SBとしてJ前期優勝に貢献した。96年以降は横浜F、磐田、平塚でプレーして99年に現役引退。元日本代表。広島ユース監督、U-15日本代表監督などを経て23年にU-17日本代表を率いてアジア杯(タイ)に出場して優勝。同年代代表を史上初のアジア連覇に導いた。24年にJ仙台の監督に就任。

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