田﨑史郎さん<5>梶山静六が言った「絶対は使うな」の重み

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 キャップになってからも自分で取材していたという田﨑さん。

「後輩の記者が夜回りに出ると、こちらもたとえば金丸信さんに電話して話を聞くわけです。現場から上がってきた話と合わせてみると、情報の見分けがつく。ただ、部下にとっては嫌な上司だったでしょうね」と笑う。

 最も忙しかったのは、1989年1月7日の昭和天皇崩御の少し前、前年9月19日に吐血した直後からだった。田﨑さんはホテル生活が始まったという。

「僕はサブキャップで、不測の事態に備えて官邸近くのホテルで待機していました。2泊して3日目に自宅に帰り、翌日にまたホテルに泊まって……というペース。これは100日間続きました」

 当時は、4時間おきに体温と下血の量が発表された。崩御当日の1月7日もホテルに泊まっていた。

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