シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(5)駐米日本大使館の米人タイピストは、なぜ真珠湾攻撃の前に辞めたのか
昭和16(1941)年12月8日の未明の日本海軍による真珠湾奇襲攻撃は、通告なしの先制攻撃であった。確かに日本政府はアメリカへの国交断絶を伝える文書を、ほぼ攻撃時間に合わせて渡そうとしていた。しかし駐米日本大使館の不手際のために、その通告は2時間近く遅れることになったのである。…
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