【特別寄稿】笑福亭仁鶴さん追悼秘話「私の仁鶴師匠」
舞台には上がっておられないけれど、お元気にしてらっしゃるという話を聞いていたので、本当に青天の霹靂(へきれき)でした。
仁鶴師匠に初めてご挨拶をしたのは38年前。オール阪神・巨人さんの漫才台本の打ち合わせで楽屋に伺った時、廊下ですれ違ったのが仁鶴師匠でした。「うわっ仁鶴さんや……」と子供の頃からテレビ・ラジオで見ていた「笑福亭仁鶴」が目の前にいるという驚きとうれしさが相まって見入ってしまいました。仁鶴師匠の話はいつも明るく軽妙で、時折「どんなんかな~」とか「なんちゅうてね」とギャグを交え、面白さの中にいつも優しさ温かさを感じるものでした。一秒たりとも退屈することがなく子供からお年寄りまでみな元気をもらっていたのではないでしょうか、病弱だった私も大いに励まされたひとりです。
「おはようございます!」と頭を下げると「ご苦労さん」と表情ひとつ変えずに足早に去っていかれました。その時のオーラが凄かったことを今でもはっきり覚えています。体は決して大きくないのですが、全身から醸し出される空気感が周りを圧倒していました。