「プチッ!」と音がした右肘の激痛 それでも降板できなかった事情とTJ手術を拒んだワケ
あれは1991年の春先、近鉄時代のことだ。
北九州市民球場で行われたダイエー(現ソフトバンク)戦で、投げた瞬間に、「プチッ!」という音がして、右肘に強烈な痛みが走った。
前年まで3年間、抑えを務めたものの、その日は1点ビハインドのマウンド。当時の仰木彬監督が抑えを赤堀元之に任せたいと考えていることは肌で感じていた。ただでさえ、むしゃくしゃしていたところにもってきて、ベンチから敬遠のサインが出た。サイン通りに敬遠したとはいえ、ベンチに戻る際のふてくされた態度が仰木監督の逆鱗に触れた。
「なんや、きさん(おまえ)! 言いたいことがあるんか!」
顔と顔がぶつかるんじゃないかと思うような至近距離で怒鳴られた。とてもじゃないが肘が痛いと言い出せる雰囲気ではなかった。痛みをこらえながら、次の回もマウンドに登った。味方が逆転して運良く勝利投手になったが、肘の痛みは深刻だった。ユニホームのベルトを外すのも苦労したほど。シャワーを浴びても激痛が走り、髪の毛をしっかり洗うこともできなかった。


















