「恋のバッド・チューニング」は記録より記憶に残る“純粋なるキワモノ”
シングル「恋のバッド・チューニング」(1980年4月21日発売)①
元日発売の「TOKIO」から約3カ月半後に発売。ちなみに、その直前の4月1日には、松田聖子が「裸足の季節」でデビューしている。歌謡界のパラダイムチェンジが少しずつ進んでいる。
売上枚数は17.2万枚と「TOKIO」の約半分にとどまった。オリコンでも最高13位とベストテン圏外。8位まで上った「TOKIO」からダウンした格好だ。
しかし、沢田研二自身がシングル化にこだわった1979年の「ロンリー・ウルフ」は最高18位。それを考えればまだマシとも言えるのだが。
そして、最高13位のセールスが信じられないくらい、当時は話題になったと記憶する。そう、カラーコンタクトのおかげさまだ。
テレビの歌番組で、当時としては異様に鮮烈だったカラコンを装着。白と黒の縦縞タンクトップといういでたち。さらには透明なエレキギターを抱えて登場したときのインパクトによって、ある意味では「TOKIO」以上に、記録よりも記憶に残る一曲となったのだ。
■キワモノはニューウェーブそのもの


















