タイムマシーン3号山本浩司さんに聞く「M-1」決勝出場 2005年と2015年の違いは?

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その人が言うから笑えるというオンリーワンの笑い

 M-1後は「このままじゃダメだ。目先の笑いじゃなくて、自分たちの持っている人間性で漫才が作れないか」ということをずっと話し合いました。おかしなことを言わなくてもその人が言うから笑えるというオンリーワンの笑い。そこを考えてみたら、お互いに性格に癖も歪んだ点もないことに気づきまして(笑)。「どうすればいいんだ」と5年くらい苦悩しました。

 関が太っている以外の笑いを探しつつ、ボケとツッコミを換えたり、衣装を変えたり、試行錯誤を繰り返しているうちに前よりもウケない時もあって。煮えきらないまま芸人を続けていた感じでした。他の若手が「エンタの神様」や「爆笑レッドカーペット」で売れていくのを見てつらい時期でした。オンバトでは優勝(11年)していても「漫才はうまいのに、ブレークしないねえ」とよく言われていました(笑)。

 次に決勝に行けたのが15年。この年から結成10年以内から15年に出場権利が広がり、僕らは15年目でラストイヤー。その前に太田プロに移籍したのが大きかった。それまで自分たちが一番上だったのに太田プロには先輩芸人がたくさんいて、相談できましたから。

「デブネタでお客さん笑わせられたんだから、それをやりゃいいじゃん」とある日、マシンガンズさんに軽く言われて、再び関の体形をネタに取り入れたら、試行錯誤してきた分、中身のあるデブネタが出来上がり、決勝に行けたんです。

 それにM-1もノンスタイルとかポップな漫才が優勝していたこともあって、デブネタも時代の波に合ってきている気がして、本番で結構、ウケて。「M-1てアウェーぽかったけど、ホームだぞ」と思えました。10年経って俺たちやっと来たかという感じでした。結果は4位でしたが(優勝はトレンディエンジェル)。

 試行錯誤した時代に始めたコントで「キングオブコント」の決勝にも行けました。それからはとにかくネタ番組に呼ばれるようになり、ネタが面白いと多くの人に認知され始めました。「そういえば10年前から面白かったよね」と言われるようにもなったんですが、それでも今のようにバラエティーで忙しくなるまでに10年かかりましたもんね。

■「有吉の壁」からすべてがうまく回り始めた

 バラエティーに呼ばれることが増えたきっかけは事務所の先輩の有吉さんの「有吉の壁」に出させていただいてから。有吉さんにイジられて、2人の人間性の面白さがようやく出てきた感じで。そこからすべてがうまく回り始めたんです。バラエティーに呼ばれていろんな芸人と絡めるようになり、ユーチューブでは逆に2人きりの雑談で登録者100万超え。「ラヴィット!」のロケも大きかったと思います。今までやってきたことや苦悩してきたことがようやく結実しました。

 M-1は自分に足りないものを知る意味でも、芸人の人生を変える大きなターニングポイントですね。10年刻みで2度の決勝を経て、さらに10年経ちましたが、前半はネタ期で、煮つまり期を経て、後半はバラエティー期と分けられるかもしれません。今後の10年がどうなるかまったくわかりません。10年後にまた取材してほしいです(笑)。

(聞き手=松野大介)

▽山本浩司(やまもと・こうじ) 1979年6月生まれ、新潟県出身。2000年に関太とタイムマシーン3号を結成。バラエティーやネタ番組で活躍中。YouTubeチャンネルは登録者110万人超。

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