絲山秋子(作家)
1月×日 衆院選の情報をラジオで聴きながら確定申告のための伝票整理をする。私が住む群馬5区は自民党と参政党の2人しか候補が立たない。立派な祭のある町を羨むような気分で全国の注目区や激戦区をチェックしている。
2月×日 伝票整理が7割まで進んだところで、どうしようもなく面倒になってしまったので土木学会誌編集委員会編「モリナガ・ヨウは土木を描く」(彰国社 3960円)を開く。ダムや橋梁、法面補修工事などの土木現場が、やさしい色合いで隅々まで丹念に描かれている。写真とは異なり、人間の目で、人間の体の大きさのままで壮大な建造物を見上げ、俯瞰している感じがする。視界がどんどん広がるような気持ちよさもある。解説も充実していていつまでも飽きない。逃避に最適な「悪い本」だと思う。
2月×日 期日前投票の帰りに手芸店で生地を買ってきた。2月になると黒やグレーの重たい服が嫌になって明るい色が欲しくなる。1.6メートル480円のきれいな縞の化繊はブラウスに、2メートル680円のコーデュロイはパンツにする。昨年から始めた裁縫が楽しくて伝票からの逃避がますます捗る。
2月×日 木こりでアーティストの友人宅へ。中古住宅がきれいにリフォームされ、広々としたリビングは薪ストーブのおかげであたたかい。大きな窓からは丘の下から登ってくる道が見える。この日のちょっとしたイベントは裏庭の桐と檜の伐倒。チェーンソーで大木を倒すのは初めて見たが時が揺らぐような、不思議な感じがした。ヒバリやキジの鳴き声とともに、チェーンソーや草刈機のエンジン音も久しぶりで、春の音だと思う。
そういえば去年のこの時期、とある式典に出席した。偉い人が挨拶の冒頭で「春の訪れとともに……」と言おうとして「春のオトジュレ」と発声してしまった。厳粛な場で笑いをこらえるのがつらかったが、ひそかにその偉い方に「ジュレ」というあだ名をつけた。来年も再来年も、私は春が来るたびに「ジュレ」を思い出すことだろう。



















