箱根駅伝は世界と無縁で半端な距離の真剣勝負 いまや国内頂点と世界挑戦の両立は難しい
沿道の人垣が途切れなかった──箱根駅伝はコロナ禍から完全に立ち直り、人出は主催者発表で105万人。上りが始まる箱根湯本駅前に人が出始めたのは2009年、東洋大初優勝の立役者・柏原竜二からだ。酒井俊幸監督を招いて新たな潮流をつくった東洋大は今回14位、20年間維持したシード権は途切れた。
17年前の優勝記録は11時間9分14秒、今年の青学大は10時間37分34秒。17位の山梨学院大まで11時間を切った背景は厚底シューズの効果だけではない。大手町の優勝会見で原晋監督はこう話した。
「原メソッドは真似できませんから隠すことはない。箱根駅伝は日本独自のレースで、世界のどこにもない特徴が山です」
5区で3分半の差を取り戻した。だが、際立ったのは10区間のうち7人が区間3位以内の記録で走ったことだ。あるメダリストはこう言った。
「あの安定度は、つまらないほど素晴らしい」
09年に初出場を果たした頃、原監督はこんなふうに話していた。


















