アメトーーク!誕生秘話…無名だったケンコバの才能を熱烈推薦した蛍原徹の「芸人愛」
「芸人ともやりたいわあ」
実は蛍原は「たぶん、芸人一芸人好き」(太田出版「Quick Japan」vol.79=08年8月12日発売)と加地が評するほど芸人好き。第10回で当時まったくトークのイメージのなかった江頭2:50を1人で呼ぶと、これが跳ね、「こっち(芸人)だな」という空気になったという(同前)。
ただ、当時は、芸人が芸人に話を聞くトーク番組といえば「いろもん」(日本テレビ系)のイメージが強かった。それと差別化しなければならない。試行錯誤の結果生まれたのが、04年6月14日放送の「メガネ芸人」。蛍原もこれが「転換期」だったと振り返る(「Quick Japan」=前出)。何かでくくり、そのキーワードを使って、いわば「コント」のように展開するスタイルを生み出したのだ。
この「くくり」という発明によって、漫画・アニメなどの趣味嗜好を熱量たっぷりに語る新機軸も生まれた。「アメトーーク芸人」とでも言える、番組出演がきっかけとなってブレークしたり新境地を築いた芸人は数多い。ケンドーコバヤシはその筆頭だろう。大阪で男ウケはするものの、一般ウケはせず全国的には無名の存在だった彼。しかし、蛍原が加地に熱烈に薦めたことで、番組出演のチャンスを掴んだ。
あくまで「主役はゲスト」(集英社「集英社オンライン」25年5月8日)という姿勢を貫く蛍原。その強い芸人愛が長寿番組を支えているのだ。



















