「農業消滅」の著者が警鐘 「食の安全保障」を確立しなければ危ない食品が日本に集まる

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鈴木宣弘(東大大学院教授)

 投開票が3日後に迫った総選挙で自民党は「国民を守る」とやたらに叫んでいるが、とてもうのみにはできない。新型コロナウイルス対策の失敗で1万8000人を超える犠牲を出したのは言うまでもなく、コロナ禍に起因した主食のコメの価格下落もほったらかし。サプライチェーン寸断による物資不足に嫌というほど直面したにもかかわらず、離農を後押ししているかのようだ。軍事、エネルギーに並ぶ安全保障の要である食料は、なぜ置き去りにされるのか。「農業消滅」の著者・鈴木宣弘氏に聞いた。

■米価下落はコロナ貧困が原因

 ――米価の大幅下落について、コロナ禍による外食需要消失やコメ離れが挙げられていますが、実態はどうなのでしょうか。

 最大の要因はコロナショックで貧困家庭が増加したことです。所得が減少し、1日1食しか取れない人が続出した結果、コメの消費量は年間で1人当たり2.5キロも減った。全体では32万トン。減少幅は戦後最大です。年間8万~10万トン程度の自然減で推移している中で、ギャップは22万トンに及びます。米価下落はコメ余りによるものではなく、食べたくても食べられない人が増えているためなんです。コメは足りていないのです。22万トンを政府が買い上げ、フードバンクや子ども食堂などを通じて必要な人に届けることが急務です。そうすれば過剰在庫もなくなり、米価は適正な水準に戻る。生産者も救われます。人道支援です。それなのに、政府はやらない。

 ――なぜですか?

 食糧法を盾にそういう形でのコメの買い上げはできないと突っぱねているんです。3.11の復興支援でもそうでした。法律や制度は本来、人々を救うために設けられているのに、緊急事態にあってそれを理由に支援を拒み、国民を苦しめている。本末転倒ですし、日本の政治行政の冷酷性が表れています。

 ――2021年産新米の相対取引価格(9月速報)は全銘柄平均で1俵(60キロ)1万3255円。前年同月比で12%減、1888円も下がりました。岸田政権は過剰在庫の長期保管や無利子融資を実施すると言っています。

 1俵の生産コストは頑張っても1万5000円ほどです。現状の米価では農家はやっていけない。政府は追加措置を表明しましたが、その内容は20年産15万トンを市場から切り離して全農などに2年間保管させ、その保管料を支払うと言っているんです。子ども食堂などに無償提供するのは2年後に古古古米になってから。それではいま必要な人には届かないし、市場に再放出すれば米価安定にもつながらない。いかにも中途半端です。米国でも食うに困る人が続出したことから、政府は190億ドル(約2.1兆円)規模の緊急支援策を実施しています。そのうち160億ドル(約1.8兆円)を農家への直接給付、30億ドル(約3300億円)を食肉や乳製品、野菜などの買い上げに充てた。買い上げた農産物はフードバンクや教会などを通じ、困窮している人々に届けられています。農業者も安心して事業を続けられる。

■「日本の農業は過保護」は大ウソ

 ――「日本の農業は過保護」はやっぱりウソですか。

 日本の農業は過保護だから衰退するというのは真っ赤な嘘、欧米は競争力があるから成長産業になったというのも真っ赤な嘘。日本は世界で最も農業を保護しない国です。そうした中でも日本の農家は歯を食いしばって頑張ってきた。米国では生産コストと所得との差額は政府が補填し、輸出穀物の差額補填に多い年で1兆円も投じています。それとは別に年間1000億ドル(約11兆円)近い農業予算の6割超を消費者の食料購入支援に回している。SNAP(補助的栄養支援プログラム)と呼ばれる制度ですが、限界投資効率は1.8と試算され、消費者の購買力を高めて農産物需要を拡大し、農家の販売価格を維持する仕組みです。下支えのシステムはカナダやEUでも機能しています。欧米では戦略的に農産業を保護しているがゆえに、成長産業として成り立っているんです。農業所得のうち補助金が占める割合は英仏9割超に対し、日本は3割程度。「攻めの農林水産業で輸出額5兆円」なんて夢物語です。

食料自給は独立国の最低限の備え 世界の常識が日本の非常識

 ――欧米各国の食料自給率(カロリーベース)は軒並み100%超え。日本は2020年度が前年比1ポイント減の37%で、65年の統計開始以降最低に落ち込み、半世紀で半減しています。どうしてこんなに差が開いたのですか。

 食料の安全保障に対する姿勢の違いです。自国民向けの食料を十分に確保した上で輸出力も蓄えておけば、世界的な災害で物流が止まっても国民が飢えることはない。戦略物資としても価値があり、褒められた話ではありませんが、兵糧攻めにも利用できる。国家戦略として食料を輸出しているのです。だから多額の補助金を投じて農業を守る。「攻撃的保護」と言ってもいいかもしれません。命を守り、環境を守り、国土や国境を守る産業は国が支える。それが諸外国の覚悟です。食料自給は独立国の最低限の備え。世界の常識が日本の非常識なんです。オスプレイをかじっても空腹は満たされないでしょう。

 ――「安全保障」「戦略物資」「国家戦略」などはタカ派が多用するフレーズですが、食料については吠えません。なぜ農業は冷遇されるのですか。

 さかのぼれば対日占領政策に行き着きます。日本の農業をズタズタにし、米国産に依存する構造をつくれば、日本を完全にコントロールできる。総仕上げの段階にきていると言っていいでしょう。主要穀物の自給率は小麦15%、大豆6%、トウモロコシ0%。食料を十分に自前調達できない日本の最後の頼みの綱がコメで、コメだけは確保できるというストーリーさえも崩れ去ろうとしている。貿易自由化もこうした傾向に拍車をかけました。自動車分野の輸出増加を狙う日本は、農業をいけにえとして差し出した。TPP11によって農産業は1.3兆円の打撃を受け、自動車は2.8兆円潤った。自由化は自動車の独り勝ちです。経産省内閣と呼ばれた第2次安倍政権以降、農業犠牲は徹底しています。食の安全保障はまず量の確保。そして質、安全性も非常に重要です。

 ――安全基準もなし崩しです。

 米国に突き付けられた農薬や添加物の基準緩和を求めるリストは膨大で、日本は順次緩めている状況です。国内では認可されていないのに、輸入に対してはザル。成長ホルモン剤についても同様です。EUは「エストロゲン」を投与して育てた牛肉を禁輸していますが、日本には米国産や豪州産、カナダ産としてどんどん入ってきている。乳製品にも同じことが言えて、ウォルマートやスターバックス、ダノンが不使用にしているrBST(遺伝子組み換え牛成長ホルモン)を使用した商品が輸入・販売されている可能性があります。米国で富裕層に人気があるというホルモンフリーの牛肉は4割高で流通しているとも聞く。危ない食品はこぞって日本向けになっていませんか、ということなんです。種子法廃止や種苗法改定などによって、米政府をバックにしたグローバル企業から遺伝子組み換え(GM)の種子を高値で押し付けられ、農産物を買い叩かれる不安も高まっています。

 ――安い商品を買い求めるのが「賢い消費者」という雰囲気はあります。

 安いものには必ずワケがあります。日本の農家をこれ以上痛めつけてはいけない。日本人が飢える状況が起こり得ることを認識し、食料自給率を引き上げる努力が必要です。安全安心の国産を食べることは健康リスクを低減し、長期的には安上がりにもなる。消費者を守れば生産者が守られる。生産者を守れば消費者が守られる。「農業は国の本なり」を確立しなければ未来はありません。農家のみなさんは誠実で義理人情に厚い。官邸農政には怒っていても、地元選出の議員を応援し続けている。義理や人情を重んじ、弱きを助け強きをくじき、体を張る――。政治家にはこうした任侠の精神を取り戻してもらいたい。真実を語れば風当たりは強くなりますが、若い世代を矢面に立たせるわけにはいかない。だから、私のような老人こそが盾にならねばとの思いを強くしています。私も任侠を持った研究者でありたいですね。

*インタビューは【動画】でもご覧いただけます。

(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)

▽鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)1958年、三重県生まれ。東大農学部卒業後、農水省や九大大学院教授を経て2006年から現職。専門は農業経済学。「食の戦争」「悪夢の食卓」など著書多数。

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