33歳の小学校教諭が失踪騒動で停職6カ月に…「空白の45日間」と姿をくらました理由
■リュック1個の軽装で全国を放浪
教諭は失踪以降、四国の丸亀市から本州の岡山市に渡り、電車で神戸市まで移動。フェリーに乗船して九州を巡り、再び四国に戻ってから大阪へ。その後、京都府舞鶴市からフェリーを利用して北海道を訪れ、東京経由で東海地方に向かい、そこで家族と会い、安否の確認が取れたという。行方が分からなくなってから、45日が経っていた。
「本人は失踪当日もいつも通り、出勤するつもりだったため、リュック1つの軽装だった。12月にもかかわらず、公園で野宿をしたり、カプセルホテルやビジネスホテルを転々としていたようです。本人いわく、訪問したところは思い出のある場所だったそうです。キャッシュカードで現金を引き出して移動を繰り返し、今年1月上旬、タブレット端末を購入して家族に連絡しています」(前出の担当者)
教諭は家族と数回、やりとりをした後、校長のもとを訪れ、直接謝罪したものの、同僚や児童とは会っておらず、現在は自宅待機中。教諭が不在の間、担当していたクラスは教頭などが代わりに授業を受け持っていた。


















