時代の大きなうねりの中を生きた女性 「斉明天皇」市大樹著
「斉明天皇」市大樹著
先日の全国世論調査では、女性が天皇になることに賛成が72%で、反対の10%を大きく上回った。現行の皇室典範では女性が天皇となることはできないが、古代には8代6人の女性天皇が登場した(それ以外は江戸時代の2人のみ)。第2.3代の皇極・斉明天皇は初の重祚女帝だ。女性天皇の問題が今後どうなるかは未定だが、過去に女帝が存在したことは歴史的事実だ。本書は、皇極・斉明天皇に焦点を当て、その即位事情や政治的役割をたどりながら、当時の日本における女帝の位置づけを明らかにしていく。
皇極・斉明は敏達天皇を曽祖父とし、茅渟王、吉備姫王を父母として生まれる。彼女の運命が大きく変わるのは、2度目の結婚相手が田村皇子、後の舒明天皇だったこと。2人の間には中大兄皇子(天智天皇)、大海人皇子(天武天皇)が生まれた。夫の舒明が死んだ時点で、厩戸皇子の子、山背大兄王、蘇我氏の血を引く古人大兄皇子、そして中大兄皇子という3人の皇位継承候補がいた。山背はかつて舒明と王位を争った経緯があり、といって蘇我系の古人というわけにもいかず、中大兄はまだ16歳。そこでいわば中継ぎとして皇極天皇の誕生となった。
即位4年目に中大兄らが蘇我入鹿を討つという乙巳の変が起こり、この政変の余波を受けて皇極は退位を迫られ実弟の孝徳に譲位する。孝徳は旧来の政体を一新すべく大化改新を進めていくが志半ばで病死。中大兄は既に30歳になっていたが、天皇経験者の皇極が存命であったので中大兄の即位は難しく斉明の重祚となった、というのが著者の見解。
とはいえ、皇極・斉明は単なる中継ぎではなく、百済大寺の再建や大規模な土木工事を手掛けたり、阿倍比羅夫を北方へ派遣するなど積極的に北方蝦夷と交渉を重ね、さらには激しい政変が起きている朝鮮半島との苛烈な対外交渉など、時代の大きなうねりの中を生きた女帝だったのだ。 〈狸〉
(吉川弘文館 2640円)



















