第11話:衝動的略奪 ~2人の逃走者~
アイテム:ROLEX 118238A シャンパン彫りコンピューターダイヤル
お客様:丹下宗治 様
◇ ◇ ◇
「下の者に、ワシが注文したもんを郵便局に行って取ってきてくれぇ、言うて頼んだら、盗ってきてしもうたんですわぁ」
と、受話器から粘着質な関西弁がまとわりついてきた。
一瞬、何を聞かされているのか判断がつきかねた。
特徴的な声や口調から、電話の主が丹下宗治氏であることはすぐに分かった。
私は呼吸を整え、
「おっしゃっていることがわかりかねるのですが……どういったことでしょうか?」
と、切り出した。
「せやから、郵便局に引き取りに行かせたんやけど、そのまま奪って事務所に持ち帰ってきよったんですわ」
主語も目的語もない丹下氏のもの言いではあるが、私の手のひらはすでに汗ばんでいた。
「代金引換のお支払いはどのようにご対応いただいたのでしょうか?」
私の質問をあっさり黙殺して、
「ワシは、注文したROLEXが郵便局に届いているから引き取ってきてくれ、そう頼んだだけなんや。ほしたら、こんなことになってしもうたんですわ」
と、言い回しだけを変え、あくまで責任の所在は自分にはないという内容を繰り返している。
「商品を受け取る際に現金が必要なことを部下の方にお伝えにならなかったのでしょうか?」
「それをな、伝えようとしてる間もなく鉄砲玉のように飛び出していきよったんですわ」
(そんなバカな話があるのか?)
にわかに状況を理解し難かった私は頭の中を整えつつ、キャビネットから代金引換郵便の発送伝票のつづりを抜き出し、
「ROLEXのデイデイトのご注文を頂いたのは5日前でしたね。弊社はご要望通りに代金引換郵便で商品を出荷いたしました。そして、丹下さんは郵便局に到着した商品のお引き取りを部下の方にご依頼された。すると部下の方は代金を支払うことなく、そのまま商品をお持ちになってしまわれた、このような認識でよろしいでしょうか?」
と、想定される時系列をなぞってみた。
「さすが、社長! えらいのみ込みが早くて驚きですわ! その通りですわ!」
(こっちの方が驚きだわ!)
丹下氏の称賛にむしろ不愉快さが増幅していく自分に気付く。
何とか顧客相手への冷静な配慮を保ちつつも、
「お伝えすることが憚れるのですが、それは窃盗にあたるかと思いますが……」
「やっぱりそうなりますかぁ? えらい困りましたわぁ。どうするんがええかなぁ?」
さして困っているようにも思えない。
「それにつきましては商品代金を郵便局に持参し、『部下が誤って持ち帰って申し訳ありません』、と謝罪されるしかないと思います」
「謝りに行くんはええんやけど、そこでパクられやせんやろうか?」
(そんなもん、知らんがな!)
と、内心舌打ちをしながら
「そこは郵便局とのやりとり次第かと思います」
「いやぁ、ワシの下の者への教育が行き届かんかったですわ、ご迷惑をかけてほんまスンマヘンなぁ」
教育以前の問題である。
「取ってきてくれ」が、どうすれば「盗ってくる」に変換されるのか理解に苦しむ。
経験値を超えた事案(後にも先にもこの一度きりである)であり、即答も出来ないので策を練る上でもいったん電話を切ることにした。
対面販売なら、相手の雰囲気、服装、表情などから多くの情報を得ることができる。
一方、遠方の顧客に非対面の通信販売で対応する場合には、得られる情報が限られる分、一定のリスクは避けられない。
危険を察知できる事前の判断材料があれば、「在庫がない」等の理由で取引を回避するのだが、怖がってばかりでは売り逃しもあり得る。
何より、数ある販売店の中から弊社を選び、問い合わせを入れてきた方々との一期一会を大切にしたい、せっかくご縁を頂いたのであれば、まずは信じてみたいという思いがある。


















