中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<20>事件を知り、捜査員も固い表情

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 翌十六日の午前九時に第一回目の捜査会議が開かれた。場所は下谷署の会議室、前方の雛壇に座るのは村瀬管理官と津村一課長、そして下谷署署長と麻生班長だ。安楽死事件の概要は既に報告済みだからだろうか、居並ぶ上層部の面々はいずれも疲れた表情でいる。前回の安楽死事件で味わった苦い経験を反芻しているような顔だった。

 まずは村瀬が口火を切る。

「昨日三月十五日午後六時十四分、下谷署に何者かが家宅に侵入し、寝たきりの家人を殺害した上で現金を奪ったとの通報がなされた。通報者は長山亜以子十三歳、台東区谷中三丁目〇―〇居住。殺害されたのは母親長山瑞穂、ALS、筋萎縮性側索硬化症を患い、自宅療養中だった。奪われたのは前日に夫の富秋が銀行ATMから引き出した現金二百万円。娘が学校から帰ると瑞穂は息を引き取り、現金は袋ごと消えていた」

 事件を初めて知った捜査員も固い表情になる。ドクター・デスの事件を思い出したに相違なく、ようやく村瀬たちの困惑の理由を理解した様子だった。

「犯行態様は以前世間を騒がせたドクター・デスの事件と酷似しているが、現時点で模倣犯と断定するのは早計だ。では司法解剖の報告から」

 明日香が立ち上がって蔵間の作成した解剖報告書を読み上げる。内容は昨夜犬養たちが聞いたものと寸分違わないが、初めて耳にする者たちの間には案の定、動揺が広がる。心筋の虚血による心不全、血中の異常に高いカリウム濃度、そしてチオペンタールの検出。いずれも既視感のあるもので、会議室の雰囲気は緊張の度合いを増していく。

 嫌な流れだ、と犬養は思う。

 長山家の家族も、そして近隣でも謎の訪問者の姿を目撃した者はいない。被害者に接触した痕跡すら見つかっていない。それにも拘わらず捜査会議上では新たなドクター・デスの影が行き来している。足音だけで獣の襲来に怯えているようなものだが、言い換えればそれだけ前回のドクター・デスが難敵だった証でもある。

「次、鑑識の報告」

 鑑識係の常滑が立った。だが報告できる内容は多くない。犯人は玄関から履き替えたスリッパで行動しており身長をはじめとした身体的特徴が推測できない。現場から採取された不明毛髪は一種類だけだが、この毛髪は新旧が混じっていることから、定期的に出入りしているヘルパーのものである確率が高いという。

「本日、〈ひまわりナーシング〉から派遣されていたヘルパー、高橋房子からサンプルを得ました。こちらは現在分析中でありますが、同人の髪質や色などは不明毛髪と一致しております」

「訊き込みはどうだ」

 これには下谷署の鳥谷という捜査員が答える。

「死亡推定時刻の午後四時から五時までにかけて被害者宅を訪問した人物について地取りをしましたが、現時点で目撃情報はありません」

 (つづく)

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