「うまのみさき―朝凪―」麻生歩波著
「うまのみさき―朝凪―」麻生歩波著
遠くまで幾重にも重なり合うように連なる山々を見渡す丘の上で、1頭の馬が嘶いている。馬の周りを湿気を含んだ柔らかな空気が包み込み、足元に広がる草原にはタンポポだろうか黄色い花が咲き乱れている。
そんなレンズの向こうの穏やかな空気感まで伝わってきそうな1枚の写真を表紙に掲げる本書は、宮崎県串間市の都井岬に生息する御崎馬(岬馬とも呼ばれる)をテーマにした写真集だ。
江戸時代初期、高鍋藩秋月家がこの地方に7つの藩営牧場を設置。そのひとつが現在の都井岬の「御崎牧」で、以来、300年以上にわたって周年放牧で飼育されてきた御崎馬は、日本に8種いる在来馬のうちの1種で、国の天然記念物にも指定されているという。
ページを開くと、朝霧に包まれながら、またあるときは、朝日を浴びて、草をはむ姿を撮影した写真が続く。1頭であったり、2頭が仲良く連れ添うように並んでいたり。
御崎馬は体長、体高ともに130センチほどの小柄な馬だそうだ。しかし、朝日をバックにシルエットになったその馬体を見ると、競馬でお馴染みのサラブレッドとは異なり、地面をとらえる足元は頑丈そうで、全体は威風堂々としており、写真からはとてもそんなに小さな馬とは感じられない。
見渡す限り、人工物がない自然に囲まれ、斜面のはるか下には白い波しぶきがたつ太平洋が広がり、うらやましいほどの環境のなかで、御崎馬たちは暮らしている(写真①)。
御崎馬の背中でカラスが羽を休めている写真もあるが、馬はそんなことには動じず一心に草をはんでおり、その鷹揚な性格が自然と伝わってくる。
生息地には森もあるのだろう。食べ物を求めてか、森の中を闊歩する馬たちもいるが、やはり彼らには草原がよく似合う。
お腹がいっぱいになれば、お昼寝だ。親子だろうか、日だまりで仲良く眠る姿はなんともほほ笑ましい。
御崎馬の体色は、主に鹿毛(赤褐色)と青毛(黒色)で、体色の異なる2頭がお互いに向き合い、首を交差させているさまは、密談をしているのか、それとも愛をささやき合っているのか、その目は穏やかだ(写真②)。
御崎馬は、繁殖も自然にまかされており、春には春駒と呼ばれる子馬がたくさん生まれる。
近くに寄ってきた野鳥を興味深そうに見つめる瞳や、嘶きながら笑い顔にも見える姿で走る馬など、さまざまな御崎馬の表情をとらえる一方で、オス同士だろうか、立ち上がって激しく争う荒ぶる姿をとらえた作品(写真③)もある。
人間たちのすぐそばで、野生を保ち続ける日本在来馬の生態を記録し、伝える力作だ。
(ヴィッセン出版 2750円)