40代目「東レキャンペーンガール」はモデル間瀬遥花 水着審査撤廃にみる“芸能界の登竜門”の変遷

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「2022年東レキャンペーンガール」の記者発表会が29日、東レ東京本社(東京・中央区)で行われ、モデルの間瀬遥花(24)に決定した。

 東レキャンペーンガールは1981年に始まり、山口智子(57)、杉本彩(53)、藤原紀香(50)、菊川怜(43)らスターを輩出してきた芸能界の登竜門。間瀬は40代目になる。

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「地元の名古屋で3年間モデルとして活動してきました。これから東レのイベントを通して、いろんな人と触れ合うのが楽しみ。憧れの人は、モデル出身で女優として活躍されている中村アンさんです」とにこやかに語った。

 今後は浴衣や着物の撮影、東レグループの社内イベントなどの仕事が決まっているという。

繊維業界の代名詞が変化

 キャンペーンガールのお披露目といえば水着姿が定番だったが「今年から水着審査はなくなりました。審査には女性が半数加わり、審査基準からも(水着は)外れています」(広報担当)と大幅に変化。女性アイドル研究家の北川昌弘氏がこう言う。

「キャンペーンガールから女優に転身した山口智子さんを機に、80年代後半から90年代前半に高身長でタレント性も兼ね備えた“キャンギャル”が大ブームになり、女優の登竜門になっていった歴史があります。当時、繊維業界の最先端が凝縮されていたのが“水着”で花形商品でした。いわば水着は車業界におけるフェラーリ的存在です。ところが水着市場は縮小し、さらに社会的風潮も加味された今、審査対象から外されてしまっても致し方ないのかもしれません」

 選考段階でポジティブなキャラクターで目立つ存在だったという間瀬。ここは一発、自発的に水着姿を披露してコロナ禍でトーンダウンした社会に元気を与えて欲しい。

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