「ハートに火をつけろ!!」ばったん著

公開日: 更新日:

「ハートに火をつけろ!!」ばったん著

 人気マンガ家による初のイラスト作品集。巻頭を飾るのは、描きおろしコミック「金蝿」だ。

 文豪エミール・ゾラの代表作「ナナ」をモチーフにした物語の舞台は、フランス第2帝政期のパリ。主人公のゾエは、場末のダンスホールから社交界の紳士たちを惑わすグランド・オリゾンタール(高級娼婦)へと成り上がったナナに小間使いとして仕える。

 ゾエは、以前に仕えていた夫人からいとまを出されたところを、当時舞台女優だったナナに拾われた。そのとき、おっちょこちょいでみじめな使用人には偽物で十分だと、給金代わりにガラスの安物のブローチを渡されたことを今も忘れていない。

 ゾエは、下品で頭の悪いナナを「貧民街の汚物から飛び立った日光の色をした蝿」と見下している。やがて、ナナに入れあげた男たちがみな没落の一途をたどり、贅を極めたナナの暮らしも破綻し、ゾエも彼女のもとを離れる。

 歳月が過ぎ、ナナの死を知ったゾエの脳裏にそれまで蔑んでいた彼女とのある思い出が蘇る。そのゾエの複雑な心を描いた最終シーンが胸を打つ。

 コミックに続いて、さまざまなポーズのナナを描いたイラストが並ぶ。寝起きなのか、下着姿で無防備な表情のナナから、鏡に向かい化粧に余念のない姿やコルセットを装着中の後ろ姿、刺しゅう入りの豪華なガーターストッキングをつけている姿、そして出演ポスターの前でポーズをとる正装のナナまで。一人の女性の中にひそむ、さまざまな表情を引き出していく。

 続く「Munich」の章では、異国(ドイツ)で暮らす女性の日常の点景を描いた作品が並ぶ。

 顔よりも大きなプレッツェルを掲げてその穴からこちらを見る女性や、背景に異国の町並みが描かれた自撮りをしたかのような作品、別れの寂しさからなのか列車の座席で抱えた花束に顔をうずめている姿もある。

 本書の核心ともいえるのは書名にもなっている「ハートに火をつけろ」の章だろう。

 この言葉は、すべてを投げ出して逃げだしたくなるような気分のときに「自分の尻に火をつけるための魔法の言葉」だという。

 恋愛のドキドキした気分を表しているのか、胸が裂け、いくつもの心臓が飛び出している女性や、その心臓だろうか、それともハート形の果物だろうか、顔が汚れるのもかまわずむしゃぶりつく女性。そんな一途な姿があるかと思えば、寝っ転がって足を天井に向けストッキングをはこうとしている女性のその足先からペディキュアを施した指先が飛び出しているシーンなど、女性たちの胸の内に湧きあがるその時々の感情までが伝わってくるイラストが続く。

 巻末に収録された旧知の文筆家pha氏との対談で著者が「描いているのは全部自分」と語っているように、クライアントワークスも含め、丸ごと「ばったん」ワールド炸裂の充実の一冊。

(トゥーヴァージンズ 3960円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    不慮の事故で四肢が完全麻痺…BARBEE BOYSのKONTAが日刊ゲンダイに語っていた歌、家族、うつ病との闘病

  2. 2

    「対外試合禁止期間」に見直しの声があっても、私は気に入っているんです

  3. 3

    箱根駅伝3連覇へ私が「手応え十分」と言える理由…青学大駅伝部の走りに期待して下さい!

  4. 4

    「べらぼう」大河歴代ワースト2位ほぼ確定も…蔦重演じ切った横浜流星には“その後”というジンクスあり

  5. 5

    100均のブロッコリーキーチャームが完売 「ラウール売れ」の愛らしさと審美眼

  1. 6

    「台湾有事」発言から1カ月、中国軍機が空自機にレーダー照射…高市首相の“場当たり”に外交・防衛官僚が苦悶

  2. 7

    高市首相の台湾有事発言は意図的だった? 元経産官僚が1年以上前に指摘「恐ろしい予言」がSNSで話題

  3. 8

    AKB48が紅白で復活!“神7”不動人気の裏で気になる「まゆゆ」の行方…体調は回復したのか?

  4. 9

    大谷翔平も目を丸くした超豪華キャンプ施設の全貌…村上、岡本、今井にブルージェイズ入りのススメ

  5. 10

    高市政権の「極右化」止まらず…維新が参政党に急接近、さらなる右旋回の“ブースト役”に