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大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

「流浪の月」22年上半期屈指の出来ばえ!広瀬すず、松坂桃李、横浜流星の“卓抜ポイント”

公開日: 更新日:

 今年上半期、屈指の出来ばえを持つ作品と思う。「怒り」以来、6年ぶりの本格的な新作となる李相日監督の「流浪(るろう)の月」だ。

 撮影は「パラサイト 半地下の家族」のホン・ギョンピョが担当した。この新たなコンビから、いったいどんな作品が生まれるのか。見終わったあと、もっとも心に響いてきたのが俳優たちの卓抜な演技の数々であった。

 冒頭、若い男性と少女が不幸な形で出会う。男性は“誘拐犯”として逮捕される。二人は“犯罪者と被害者”になった。15年の歳月が過ぎ、彼女は会社員の男性と共同生活をしている。彼女の前に、15年前に“誘拐犯”となった男性が現れる。そこから、傍からでは想像もできない二人の関係性の内奥に踏みこんでいくのが本作である。

 冒頭の少女・更紗の15年後を広瀬すずが演じた。あるわだかまりを抱えながら、何とか周囲と折り合いをつけようとしている彼女の表情の変化が素晴らしい。愛想笑い、普段の会話時、そして沈黙。幾多の表情に過去の出来事がへばりつくかのようだ。

 共同生活している男性との絡みのシーンが痛々しい。男性は何の屈託もなく、日常的な性の営みをしているつもりだが、更紗は違う。彼女の苦しそうな日々が、二人の肉体の交わりから、ひしひしと伝わってくる。この描写が作品のテーマとも深くかかわる。彼女に何があるのか。何が起こっているのか。

 広瀬は内面からにじみ出てくるかのような感情の微細なありようを、表情のみならず体全体で表現する。まさに圧巻であった。

 冒頭の男性・文は松坂桃李が演じた。最初に顔がアップになったとき、これまでの松坂とは全く印象が違っていた。目が大きく、あごの線も尖っている。髪は額まで垂れている。実年齢より若い役だが、若さと老成した感じが入り混じる。目の焦点が定まっているのか、定まっていないのかもわからない。

 その表情は15年後、更紗と会ったときも変わらない。更紗同様にいったい、内面に何を抱えているのか。時間軸を突き抜けたかのような松坂の表情からは時間の経過の残酷さが刺さってくる。見事であった。

横浜流星が見せた驚くべき才能

 更紗の15年後の共同生活者・亮は横浜流星が演じた。更紗との間に距離を感じ始めた亮は、しだいにエキセントリックになっていく。ここで目を見張ったのは、横浜の演技が映画などでよく見られるストーカー的なタイプとは全く違っていたことだ。

 更紗に対する危なっかしい素振りと、ギリギリの均衡を保とうする精神とのせめぎ合い。それが二重写しになる。しかも後半になるほど、その役は微妙かつ複雑になっていく。横浜は、両面性が求められる役柄の境界線上に奇跡的に居続けることができた。驚くべき才能である。

 出番は短いが、更紗のバイト先の友人・趣里、15年後の文の恋人・多部未華子、文の母親・内田也哉子が、すこぶるいい味を出していることにも触れておきたい。

 各々の演技の細かいことは言わないが、一つ、はっきりしていることがある。さきの3人同様に、カメラが俳優たちの表情をじっくり撮り尽くし、カメラと俳優の意志が画面上で強烈な火花を散らしていることだ。

 人物を追って、カメラは引き気味のアングルから、しだいに近づいていくことが多い。その行き先には、登場人物のそれぞれの表情から内面までを貫き通すダイナミックな映画の力が宿っている感じがした。

 表情と内面は分かちがたく結び合っている。本作の大きな見どころでもある。演出意図、カメラアングルなどの表現の形、その中核をなす俳優たちの演技が、本作でほとばしる映画の総合力に結実したのだと言える。本当に、いい映画体験をさせてもらった。

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