著者のコラム一覧
スージー鈴木音楽評論家

1966年、大阪府東大阪市生まれ。昭和歌謡から最新ヒット曲まで幅広いジャンルの楽曲を、社会的な視点からも読み解く。主な著者に「中森明菜の音楽1982-1991」「大人のブルーハーツ」「日本ポップス史 1966-2023」など。半自伝的小説「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」も話題に。日刊ゲンダイの好評連載をまとめた「沢田研二の音楽を聴く1980-1985」、最新刊「日本の新しい音楽1975~」は大好評。ラジオDJとしても活躍。

躍動するディスコ・ビートがなかなかに聴かせる

公開日: 更新日:

シングル「酒場でDABADA」(1980年9月21日発売)①

 当時の記憶を掘り起こしてみると、「TOKIO」や「恋のバッド・チューニング」に比べて、インパクトはさすがに薄かったように思う。しかし「ダバダ ディディ ダバダ ディダ」というリフレインは、ちょっと盛り上がったとも記憶するのだ。

 当時私は東大阪に住む中2。「●田」(「田」の読みは「ダ」と濁る)という名の、私たちをいじめるヤンキーの陰口を言うときに「ダバ田(ダ)」という隠語を使ったのを覚えているし、さらにどうでもいいこととして、女性3人組の上方漫才師「ちゃっきり娘」が、このリフレインをネタにしていたことも覚えている。

 それでもこの曲、オリコンでは、前作「恋のバッド・チューニング」(最高13位)同様、ベストテンには届かず、最高14位。売上枚数も3万枚ほど前作からショートし、14.4万枚にとどまった。

 と、そういう曲なのだが、今改めて聴いてみると、なかなかに聴かせるのである。

 まずサウンドは「ディスコ」だ。本連載では「ニューウェーブ」ばかり強調しているので、80年といえば、ニューウェーブ、さらにはテクノポップ、パンク一色と思われた若い方もいるかも知れない。しかし、70年代後半から80年代前半、つまり日本でいう昭和50年代の世界的音楽シーンにおける最大最強のモードとなったリズムは、ディスコだった。

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