萩本欽一〈29〉今明かす、視聴率100%の絶頂期にすべての番組を降板した「休養宣言」の真相
家族がひどい目に遭う
萩本「だってさ、視聴率30%のテレビ番組を3本やったらさ、普通は辞めないでしょ。でも、30%がずっと続くわけないんですよ。引き換えにひどい目に遭うんですよ。それが、家族に出ちゃうんですよ。自分が成功するとね、家族になんかあるの。だからね、俺、結婚しちゃったのが良くないんだよね。俺、貧乏したの何年だろうって考えたら16年ぐらい。それで有名になって何年だろうって考えたら30%までがちょうど16年だったんだよね。運を使い終わっちゃったな、またどこかひどい目に遭わなきゃダメだって思った」
増田「それで、休養宣言をしたわけですか? 視聴率100%の絶頂期にほぼすべての番組を降板した」
萩本「ええ、それで辞めることにしちゃいました。何かひどい目に遭いそうだなっていうんで、実際いろんなひどい目に遭い出して。運を使い切っちゃったんだね。全然いいことなくなったの」
※萩本の休養宣言:1985年3月、『欽ドン!』『欽どこ』『週刊欽曜日』などを抱え「視聴率100%男」と呼ばれる絶頂期にほぼすべてのレギュラー番組を降板し、「充電」を理由に半年ほど休養すると発表した。当時、理由について本人は「視聴率競争への疲れ」といった趣旨の発言をした。


















