萩本欽一〈29〉今明かす、視聴率100%の絶頂期にすべての番組を降板した「休養宣言」の真相
萩本「そう。それで『大将は? 欽ちゃんは?』って言うから『私も常田さんでお願いします』って。私が言ったんじゃなくて、二郎さんが先だったよ。で、『なんで常田さん?』って聞かれたから、『はい、リハーサルで笑ってくれるんだよ』って。他のみんながブスッとしている中でリハーサルから笑ってくれる。よく考えたら(ラジオのドキュメンタリー番組出身の)常田さんって、バラエティーは素人だから見たことないんだね。だから、面白いと本当に笑う。番組で『アハハハハハハハ!』って絶叫するディレクターって見たことあります? みんながシーンとしてる中で、1人だけ『アハハハハハハ、あーおかしい、あーおかしい』って笑うんだよ。こんな幸せなことないでしょう。ずっとそうでしたよ」
(つづく=火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


















