ベストセラー「舟を編む」が初のドラマ化 原作者・三浦しをんさんは言葉とどう向き合っているのか

公開日: 更新日:

「生きざま」を使わないようにしています

 ──時代の変化の影響は言葉の世界にも及びますが、小説家として言葉を取り巻く環境をどう見ていますか。

 今はSNSを含め、以前よりも言葉を発信する機会が格段に増えていますよね。しかも、その言葉が全世界にさらされてしまうので、トラブルも発生するし、言葉が正しいのか、誰かを傷つけていないかと萎縮もしてしまう。だけど、私は正しい言葉というものはないと考えています。正解はなく、その時の自分の気持ちをより正確に相手に届けるために、フィットする言葉をうまく見つけられるかどうかだと思うんです。萎縮する必要もなくて、本当にその表現があなたの心を映し出している言葉なんですか、ということを一人一人が考えて発信することが大切だと思います。発信の機会が増えれば自分を表現する機会が増えるので、言葉を尽くさなければいけない機運が高まることはとても意味のあること。言葉や辞書に興味を持ってくださる人がいるからこそ、このタイミングのドラマ化につながったのかもしれません。

 ──時代の流れのキャッチはどうやって?

 難しいことですが、世の中の動きや人の心の変化を感じ取って常にアップデートしたいとは思っています。ノンフィクションの本を読んだり、週刊誌やラジオを通して報道に触れたり。中でも編集者や校閲には助けられています。自分の思い込みや誤った知識だけで執筆したものが本になってしまったら、それこそ誰かを傷つける可能性がある。いろんな人のチェックと知識を結集して作られているから、出版っていいなと思っています。

 ──気持ちをうまく言語化する方法はありますか。

 上手な言語化を意識する必要はなくて、会話でも焦らなくていいと思います。伝わらないことが当たり前だと構える方がいい。プレッシャーから解放されますし、考えの10分の1も言語化できないのが普通です。その10分の1がそのまま伝わるとも限らない。それでもコミュニケーションできていますし、世の中は回っている。そもそも、うまく伝わっていないと思う時は、相手も悪いです。相手がちゃんと聞く姿勢を見せたり、相槌や言い換えで聞き直してくれたりすれば、会話はもっとスムーズに運びますよね。

 ──執筆にあたって気をつけていることは?

 なるべく決めつけすぎないようにしていることですね。特に小説では個人的に言いたいことがあっても、できる限り押しつけがましくならないように登場人物の考えや気持ちを尊重して書くようにしています。言葉の選び方でも、「舟を編む」では難解な言葉を使わず、私たちの日常と地続きで生きる登場人物たちを描いています。ただでさえ「真面目」で「無機質」な印象のある辞書が少しでもとっつきやすくなるような展開を意識しました。

 ──具体的に避けているワードはありますか。

「生きざま」は使わないようにしています。少し安易で、マッチョっぽい感じがする。何となく書いた感は醸し出せるし、使いたくなる気持ちは分かるのですが、「生きざま」の内実を細かく、あるいは繊細に描くことが小説だと思っているので、いろんな読みが発生するある程度の余地や余白を持たせることですね。物語の解釈を全て読者に委ねるのは無責任だと思う一方で、解釈は人それぞれなので、難しい作業なのですが、うまく読み筋をつける、うまく誘導するのが作者の腕の見せどころだと思っているんです。読者を洗脳して作者の意のままに操ることは不可能ですから。

 ──そういう意味では「舟を編む」の互いを尊重、あるいは許容しながら目標へ向かう描写は現代社会へのメッセージ性を感じました。

 お互いを尊重し合うには「想像力」と「話し合い」が必要だと思います。なるべく相手の立場や気持ち、思考回路に思いを致すことが大事かなと。いくら想像しても、こっちのトンチンカンな思い込みになってしまっていることも多い。「今、何を考えています?」とズバリ聞き、話し合うことも大事だと思っています。結果、意見がぶつかることもありますが、相手が何を考え、感じているのか分からないまま「何となく」で進めるより絶対にいい。それは話し合いを通して折り合える点を探すことであって、「衝突や軋轢を避けること=お互いを尊重すること」ではない、と私は思っています。

(聞き手=勝俣翔多/日刊ゲンダイ)

▽三浦しをん(みうら・しをん) 1976年、東京都生まれ。早大第一文学部卒業。2000年、小説「格闘する者に○」でデビュー。「まほろ駅前多田便利軒」で直木賞、「舟を編む」で本屋大賞受賞。「のっけから失礼します」「好きになってしまいました。」などのエッセーも多数。

◆池田エライザが主演する連続ドラマ「舟を編む ~私、辞書つくります~」(NHK BSプレミアム4K・NHK BS)は18日スタート、毎週日曜午後10時放送。野田洋次郎(RADWIMPS)、柴田恭兵、向井理らが出演。

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    遠山景織子の結婚で思い出される“息子の父”山本淳一の存在 アイドルに未練タラタラも、哀しすぎる現在地

  2. 2

    桜井ユキ「しあわせは食べて寝て待て」《麦巻さん》《鈴さん》に次ぐ愛されキャラは44歳朝ドラ女優の《青葉さん》

  3. 3

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  4. 4

    元横綱白鵬「相撲協会退職報道」で露呈したスカスカの人望…現状は《同じ一門からもかばう声なし》

  5. 5

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  1. 6

    西内まりや→引退、永野芽郁→映画公開…「ニコラ」出身女優2人についた“不条理な格差”

  2. 7

    永野芽郁“二股不倫”疑惑でCM動画削除が加速…聞こえてきたスポンサー関係者の冷静すぎる「本音」

  3. 8

    佐々木朗希が患う「インピンジメント症候群」とは? 専門家は手術の可能性にまで言及

  4. 9

    綾瀬はるかは棚ぼた? 永野芽郁“失脚”でCM美女たちのポスト女王争奪戦が勃発

  5. 10

    江藤拓“年貢大臣”の永田町の評判はパワハラ気質の「困った人」…農水官僚に「このバカヤロー」と八つ当たり