「酒場」の上で回るのはミラーボールではなく、赤ちょうちんのような気が…
しかし、翌81年の大賞は阿久悠を決定的に追い詰めた新しい才能、そう、松本隆の手に渡るのだけれど……。曲はご存じ、寺尾聰「ルビーの指環」。
話を戻すと「酒場でDABADA」も「酒場」「墓場」「DABADA」という音韻は、楽曲を盛り上げる仕掛けとしてうまいし、また「ダバダ ディディ ダバダ ディダ」というリフレインもまた、実にキャッチーだ。
ただ、やはり「TOKIO」「恋のバッド・チューニング」を聴いた身からすると、さすがに古くさいと感じるのは私だけではないだろう。吉田建のベースが躍動するディスコビートの上で回るべきは、ミラーボールのはず。それなのに、この曲の「酒場」の上で回っているのは、どうも赤ちょうちんのような気さえするではないか。
また「性悪女」や「酒場と墓場の二幕芝居」などという言い回しも、80年の沢田研二には、さすがにやぼったい。
阿久悠の世界にフィットさせたようなジャケットに写るヒゲ面の沢田研二は掛け値なくかっこいいが、「TOKIO」のときとは全くの別人である。70年代を引きずっている、いや70年代が温存されている──。
つまり「酒場でDABADA」は、明らかにやり過ぎた「TOKIO」「恋のバッド・チューニング」からの揺り戻しということなのだろう。
しかし、時は待ってくれない。騒がしかった80年も、もう秋なのだ。




















