著者のコラム一覧
井上理津子ノンフィクションライター

1955年、奈良県生まれ。「さいごの色街 飛田」「葬送の仕事師たち」といった性や死がテーマのノンフィクションのほか、日刊ゲンダイ連載から「すごい古書店 変な図書館」も。近著に「絶滅危惧個人商店」「師弟百景」。

つまずく本屋ホォル(川越・霞ケ関)岩波文庫の青帯と黄帯からZINEまで推定2万冊

公開日: 更新日:

 その名も霞ケ関駅から歩いていると、昭和レトロな商店街が忽然と現れた。「角栄商店街」。年季の入った店舗兼住宅が並び、シャッターを閉じた店も。そんな中に、個性的な飲食店などがぽつりぽつり。あ、ここだ。

 温かいライトが照らす、本がずらりの光景が外からも見えた。中に入り、こんにちはと言いつつ、「ティンダー・レモンケーキ・エフェクト」「かくして彼女は宴で語る」「言葉なんていらない?」をチラ見。「橋のない川」と「この国のかたち」が5、6巻ずつかたまっているぞ。岩波文庫の青帯(哲学・思想・宗教)と黄帯(日本文学)がかなり大量だぞ、とも。15坪ほどに推定2万冊。

「新刊3、4割。古本6、7割でしょうか。2階に貸しスペースもあります」

 と、店主の吉田尚平さん(36)が穏やかな口調で。なぜ、ここで本屋さんを?

「まず、このあたりの風景が面白いので、何かできないかと思って」の「面白い」が指すのは、高齢化、シャッター、インフラ老朽化など「いろんな課題を持つエリア」であることだそう。ん? どういうこと? と思ったが、吉田さんは29歳でこのエリアに来た。「近代建築の先駆、集合住宅も計画したチェコのアドルフ・ロース」を共同研究した建築士で、ここが「1964年にいち早く、角栄建設(当時)が開発した霞ケ関北ニュータウン」の中だと聞き、なんとなく分かった気がした。

「本は街で生きてきた人たちの記憶の集合体です」

 古い店舗のリノベ依頼に応えると共に、「本屋は資料も集めやすいだろうし」。川越市の市民参加型まちづくりプログラムを足がかりに、2021年に小さな喫茶・本屋を始動し、23年から現店舗に移った。

「実は、町内の自治会の役員をしていました」

 自身が、霞ケ関北ニュータウンの歴史を多方向から掘り起こして編んだという「60年史」を見せてくれるが、「売れない」そうで残念。「新しかった街」という名の1枚ものの新聞は150円。買った! 

 店内には、選び抜いたであろうZINEや小出版社の本も多く、私がクギ付けになったのは「日常記憶地図 長野編」とマンガ誌「民民」。前者は、「人々の日常生活の記憶を地図になぞる」もので、1950年代からの長野の町の変遷が浮かび上がる。後者は、小泉八雲や岡本綺堂らの近代文学を漫画家たちが漫画に表したもので、吉田さんもデザインで参加している。

 なお、扱っている古本は、家の片づけを手伝ったときに譲り受けたものが少なくない。「(本は)街で生きてきた人たちの記憶の集合体です」。名言だ!

◆川越市霞ケ関北4-22-13 mibunka内/℡049-299-7454/東武東上線霞ケ関駅から徒歩13分/午後1~6時(臨時休業あり)

ウチの推し本

「愛について僕たちが知らないすべてのこと」桜井晴也著

 2013年に第50回文藝賞を受賞した「世界泥棒」から12年。「夏休みのある日、4人の子どもたちが学校で待ち合わせる」というシーンから始まる長編小説だ。町屋良平が、「ドストエフスキーの意思を正統に継ぎながら圧倒的“現代文学”」と帯に寄せている。

「私も読んでいますが、改行がない文章のなかから、多くの『声』が聞こえてくる……ひとつの声に束ねていないのがいいんです」

(ffeen pub 3300円)

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