キンタロー。は炎上を恐れず、強烈な顔力で心踊るネタをやり抜く
このころ、父は双極性障害を発症し、母が献身的にサポートしていた。だが、彼女が26歳の時に母が急死。父はそのショックで病状が悪化したため、彼女は地元に戻りOLをしながら父の介護をしていた。そして、介護が一段落した29歳の時、やはり子供の頃から夢だった、お笑い芸人になりたいという思いが大きくなり、上京して芸人となった。
すると芸歴わずか1年目で前田敦子のモノマネでブレーク。だが、実はこのブレークから1~2年が一番ツラかった時期だったという。
「強いやっかみもあり、周りからはあることないことを色々言われました。すごく落ち込んで、完全に人間不信になっていました」(光文社「STORYweb」24年3月15日)
また、「同じことをずっとするのが苦手な性格」(ローソンエンタテインメント「クランクイン!」26年2月11日)と言う彼女は、前田敦子モノマネのインパクトが強すぎて苦しんだ時期もあった。けれど、話題になったものをいち早く強烈な顔力でモノマネすることで、「前田敦子しかやってない」というイメージを払拭することができた。


















