Snow Man佐久間大介が城西国際大学メディア学部映像芸術コースで培った“強力な武器”
「ジャニー喜多川社長からも高く評価されていたダンスは別として、あとは何ひとつ自信が持てるものがなかった。積極性がまるでみられなかったんです」
引っ込み思案はアイドルとしては致命的である。前に出ていこうという気概が周囲に伝わらず、デビューは延び延びになった。Snow Manに入ったのは19歳。メチャクチャ遅いというわけではないが、旧ジャニではこれをデビューとはカウントしない。CDをリリースして初めてデビューなのだ。同グループが最初のシングルを出すのは20年1月。佐久間は27歳になっていた。
「佐久間は何度かジャニーズをやめようと決意したことがある」と話すのは前出の女性誌記者。「一人で考える時間が多く持てた高校時代はかなり本気で退所を検討していた」という。
高校は広域通信制のクラーク記念国際に進学。高1の冬にはSnow Manの前身のMisSnow Manのメンバーに選ばれるが、デビューまでこぎ着けられるのか疑心暗鬼になるばかり。将来の展望を描くことはまったくできなかった。芸能界に残れなかったケースを考え、大学進学を視野に入れるようになる。


















