音楽番組は「NHK1強」の時代に突入へ 民放軒並み苦戦で“視聴率神話”も崩壊
8月末、関根勤のYouTubeチャンネルに近藤真彦が出演。「毎日のように歌番組の生放送がありました」と1980年代の過密スケジュールを振り返った。民放が競うように歌番組を放送していた時代。歌謡界も活気があった。
フジテレビには前田武彦と芳村真理司会の「夜のヒットスタジオ」や今も続く長寿番組「ミュージックフェア」があった。TBSには昭和を代表する歌番組で、黒柳徹子・久米宏の軽妙なしゃべりも楽しめた「ザ・ベストテン」。日本テレビには「紅白歌のベストテン」。テレビ朝日には現在の「ミュージックステーション」の前身となった「ザ・ベストヒット'83」があり、ビートたけしが司会のひとりを担っていた。テレビ東京には「ヤンヤン歌うスタジオ」の他に、演歌に特化した「演歌の花道」があり、テレ東らしい番組だった。
近藤の言うように歌手は連日、音楽番組のハシゴ状態だったが、人気とヒット曲がなければ出演できない狭き門でもあった。
「歌番組に出れば楽曲が広く知られ、さらなるヒットにつながった。特に9月に入ると年末のレコード大賞のノミネート、紅白出場の選考などもあり、事務所にとっては力の入る時期でしたね」(元芸能プロ幹部)


















