「米国や英国、中国の国歌は敵と戦うことを前提とした歌でいわば民衆の歌でもあったんです」──「国家と反国歌」小島岳彦氏
「国家と反国歌」小島岳彦著
米国の国歌「星条旗」や英国の国歌「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」に、表に出ない歌詞があるのをご存じだろうか? 国にとって不都合な理由があるため、人前では決して歌われない。実際この「隠された歌詞」が原因で、作詞者の銅像がデモで引き倒されたり、スコットランド独立運動に影響を与えたりしているという。
本書は、国歌誕生の経緯と、民衆の記憶や祈りによって支えられてきた「反国歌」の変遷の双方をたどった歴史ノンフィクションだ。
「もともと五木寛之氏や保阪正康氏の著作から、人間と音楽の歴史に強い関心がありました。近年、情報公開や現地での最新研究が進み、これまで目にすることのなかった資料が続々と出てきました」
「星条旗」が国歌になったのは「一八一二年戦争」(米英戦争)時だが、これまで日本では、「アメリカ独立戦争」(1775~83年)と混同されて紹介されることも多かった。さらに「星条旗」の曲は、敵国・英国のメロディーが使われているという。
本書では、米国・中国・英国の3つの国の国歌と、国に弾圧された側が作った歌を反国歌として、米国の「アロハ・オエ」、中国の「何日君再來」、英国の「蛍の光(オールド・ラング・ザイン)」を例として、国歌と反国歌、それぞれの成り立ちについて、国別に1次資料と最新研究を基に丹念に追った3部構成となっている。
「英国に支配されまいと自らを鼓舞したのが『星条旗』の歌で、攻撃されても旗は残った、我々は負けないと、国に対し純粋な気持ちで歌いました。中国国歌は日本を、英国国歌はスコットランドを敵として闘うことを前提とした歌でした。いわば国歌はもともと反国歌的な民衆の歌でもあったわけです。しかし国が力を持つと米国はハワイを併合し、かつての英国と同じ立場になってしまう。国歌自体は変わらないのに受け取られ方が変容する。オリンピックで国歌の歌詞に異議を唱える選手が現れたり、反戦歌、厭戦歌が生まれたりしています」
「アロハ・オエ」と「君が代」の共通点
ではもう一方の「反国歌」とは何か。その代表といえるハワイの「アロハ・オエ」は、米国に併合されても心は引き裂かれないと歌う、切ない別れの歌だ。あくまで個人的な「あなた」に託した歌で、「古今和歌集」の「君」に端を発する「君が代」と同じ系列ではないかと著者は言う。
この歌の作者であり、ハワイ王国最後の女王であるリリウオカラニの歴史をたどった著者は、かつてハワイ王室が日本の天皇にハワイ王女と日本の皇室間の婚姻を提案したことを知り、驚愕する。
加えて、その婚姻話の当事者が乗った軍艦が、米軍の軍事侵攻時、ハワイ王朝と日系人を救うためハワイに進攻した史実に行き当たる。真珠湾攻撃は突然起こったのではない。ハワイ進攻は2度目だったというのだ。
「それぞれの史実は今まで伝説のように伝えられていましたが、今回国歌を追って原史料にあたったことで、大きな物語が浮かび上がってきました」
戦後、日本人が受け入れてきた近年の歴史に疑いはないのか。本書の知見を手掛かりにして、改めて見直したくなる。 (晶文社 2640円)
▽小島岳彦(こじま・たけひこ) 1959年群馬県生まれ。学習院大学文学部卒。編集者・歴史研究者。「昭和天皇実録」書籍版の担当をはじめ、歴史・文芸・音楽書などを編集・執筆。ちくわ研究サイト「ちくわの森」主宰。



















