萩本欽一〈42〉伝説の「ぴったしカン・カン」の司会に新人の久米宏アナが抜擢された真相
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
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萩本「うん。でもうれしかったのが、TBSが結構当たって儲かってたから、55号を離したくないんで、スポンサーなしでいいって。ありがたいなと。そうなるとさ、恩があるじゃない。クイズ番組をやるという話になって、そのときにちょうどフジテレビの欽ドンでロケをやったんです。外に出て街ゆく人にマイクを向けていろいろ聞こうって企画だったんだけど、同じ場所でどこかのラジオ局がロケをやってるってんで、人がみんな向こうへ集まっちゃってるっていうのよ。じゃあ、それが終わるまでちょっと待とうかって待ってたの。しばらくして向こうのロケが終わったと思ったら、私の前を垢抜けた格好いい若い男の子が通ったの」
増田「それが久米宏さん*だったと?」
※久米宏(くめひろし):アナウンサー、ニュースキャスター。1944年埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、1967年TBS入社。ラジオ『土曜ワイドラジオTOKYO』、テレビ『ぴったし カン・カン』『料理天国』『ザ・ベストテン』などの司会で人気を得る。1979年に退社しフリー。1985年に始まったテレビ朝日『ニュースステーション』のメインキャスターを18年半務めた。2004年3月の最終回では、手酌のビールを一気飲みし「お別れです。さようなら」と締めくくった。2026年1月没。
萩本「そう。久米宏さんだった。その時は知らないから『誰、あれ?』ってスタッフに言ったら『TBSの新人アナウンサーだよ』って教えてくれて。TBSっておかしいよね、だってすごくスタイルいい人を、テレビじゃなくてラジオで使ってるんだもん」
増田「なるほど(笑)」


















