津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

史上初の総力戦がもたらした 女性参政権と“脱コルセット”

公開日: 更新日:

■和歌山大学入試問題

 今回は、2015年に和歌山大学で出題された、興味深い世界史の入試問題(資料)から考えてみましょう。

■資料 和歌山大(2015年)
 次に示す2枚の写真(①)は、第一次世界大戦の前と後のものである。総力戦が女性に与えた影響に関して、これらの写真から読み取れることを90字程度で説明しなさい。 (解答例は文末)

■ファッションと総力戦

 写真から読み取れることを世界史の知識と関連付けながら考えさせるという大学入学共通テスト(センター試験)に通じるような観点の出題です。女性のファッションと総力戦というテーマであることが分かりますね。

 今からおよそ100年前の1914~18年に、第1次世界大戦が戦われました。この戦争は問題文にもある通り、史上最初の徹底的な総力戦となりました。総力戦とは、単に軍事力だけでなく、一国の経済力や政治力をも含めた戦いのことであり、とりわけ物資や人員の補給ができるか否かが勝敗を分ける決定的な要因となりました。

 この結果、敵に対している正面戦場だけではなく、物資の生産と人員の補給をおこなうための銃後が重視されるようになり、不足する労働力を補うために女性の社会的な進出が始まりました(写真②)。それに伴い、政治の場においても女性への参政権を認めざるを得なくなります。

 第1次世界大戦を契機として、例えばイギリスでは1918年に、ドイツでは19年に、アメリカでも20年に女性参政権が次々と実現してゆく背景には、このような事情があったのでした。

■「良妻賢母」

 ところで、入試問題の写真は、左右どちらが大戦前でどちらが大戦後のものであるか、お分かりになるでしょうか? できれば、理由も考えてみてください。

 国民国家の建設が進む19世紀の欧米で確立してゆく女性観は、外で働く男性に対して、「家庭を守り、子を育てる」のが女性の役割であるという「良妻賢母」型のものでした。男性が公の世界で活躍し、女性は男性に従うべきであるという、性別に基づく役割の分業が社会的な価値観となっていったのです。

 日本の昔話でも、「おじいさんは山へしば刈り、おばあさんは川へ洗濯」をしに行っています。この話が一体いつから始まったものかは分かりませんが、このような言説が近現代の日本において「再生産」され、広まっていったことは、少なくとも男性と女性との性別に基づく役割分業の話が、近代世界において適合的だったことと無縁ではないでしょう。

束縛の象徴

 入試問題の左側の女性に見られる通り、第1次世界大戦前の女性は、体をコルセットできつく締めつけ、必要以上にウエストを細く見せることに力点を置くだけでなく、ドレスや帽子はフリルやレースで飾られるなど、外に出て働くことがまったく想定されていません。そして体を縛るコルセットは、まるで女性の人生をも縛りつける象徴のようなアイテムとなっていました。

 そもそもコルセットはひとりで着るには大変で、もうひとりが背中の紐を締めてあげなければいけませんでした。コルセットといえば、私はジェームズ・キャメロン監督の映画「タイタニック」のワンシーンを思い出してしまいます。没落しつつある貴族階級の娘であるローズに、母親が「どこの馬の骨」とも知れぬジャックとの接触を以後、二度としないようきつく申し渡す際、ローズのコルセットを「キッキッ」と音を立てながら、まるでローズの心に刻み付けるかのごとく、きつくきつく縛っていたのです(写真③)。コルセットを着用するという場面を通じて、身分制社会における当時の女性の地位を見事に表現したシーンだったと思います。

「モガ」の登場

 これに対し、入試問題の右側の写真からは、動きやすい2ピースのスタイルで過剰な装飾がそぎ落とされ、ゆるやかなウエストラインでありながら、動きやすい機能性が追求されていることが分かります。髪形もショートカットが流行し、靴のヒールも低くなって、社会に出て働くことが前提となるファッションへと変化していったのです。

 このような流行の最先端を走り続けたのが、ココ・シャネル(写真④)でした。彼女は、軟らかいジャージー生地などを積極的に利用して、シンプルで機能的な、そして新しい時代を象徴するようなファッション性に優れた服を作り続けました。そんな彼女が手がけた香水が、あの「シャネルの5番」です。

 大正時代の日本においても「モガ(モダンガール)」(写真⑤)という言葉が生まれたように、新しいファッションが始まってくるのです。

偏見からの解放へ

 19世紀には女性は家庭へと押し込められ、男性に従属する人生を期待されました。20世紀には世界大戦の影響もあって、女性が社会に進出するようになります。そして21世紀には女性の指導者が世界各地で当たり前のように見られるようになりました。

 現代の日本において、「女性は家庭を守り、子を育てるのが当たり前だ」という議論を展開しようとする政治家がまま見られますし、時には「女性は話が長くて困る」などという偏見を垂れ流す人もいます。しかし歴史をひもといて考えてみると、それは19世紀の価値観をそのまま焼き直しているだけにも見えるのです。

 一方、アメリカでは初の女性副大統領が誕生しました。では、日本で女性の首相が誕生する日はいつになるのでしょうか。世界は常に動いています。私は歴史の新しい展開を待ちたいと思います。

■解答例 戦線に送られて不足する男性労働者の代わりに女性の社会進出が始まり、女性参政権も認められ、服装も体をコルセットで締めつけるものから機能的でゆったりとしたものへと変化した。 (84字)

■もっと知りたいあなたへ
歴史を読み替える ジェンダーから見た世界史
三成美保、姫岡とし子、小浜正子編(大月書店 2014年)3080円

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