宮田律
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宮田律現代イスラム研究センター理事長

1955年、山梨県甲府市生まれ。83年、慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修了。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程修了。専門は現代イスラム政治、イラン政治史。「イラン~世界の火薬庫」(光文社新書)、「物語 イランの歴史」(中公新書)、「イラン革命防衛隊」(武田ランダムハウスジャパン)などの著書がある。近著に「黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル: 「反イラン枢軸」の暗部」(平凡社新書)。

騒擾のイラン首脳19年ぶり訪日 日本に求められる役割とは

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 イランでは月の使用量が60リットルを超えた場合、ガソリン価格が3倍に引き上げられたことに対する抗議デモや暴動が全国100カ所以上の都市や町で発生している。イラン政府がインターネットを遮断したために、国内情勢を正確に把握するのは困難だが、アムネスティ・インターナショナルなどの人権団体によれば12月上旬現在で20万人が参加し、7000人が逮捕され、200人余りが犠牲になったと見られている。

 明らかにイラン社会は動揺している様子だが、王政末期、弾圧と流血を繰り返すことによって、国民の体制に対する憎悪が煽られ、大規模なデモが発生するようになってわずか1年未満で王政が倒れ、革命が成立した過去の経緯もある。この過程を実際に見聞きしているハメネイ最高指導者などイラン政府指導部は力によるデモの封じ込めの危険性をよく知っており、そのこともあってインターネットを遮断したに違いない。

 中東の産油国の場合、政府補助金によってガソリン価格が安く抑えられるのが国民にとっては「常識」のようになっているが、価格を大幅につり上げなければならないほどイラン経済は逼迫している。イランは日本、韓国、ヨーロッパなどに日量250万バレルの石油を輸出していたが、トランプ政権の制裁強化に伴って100万バレル以下にまで落ち込んだ。現在はその多くが中国に安価に輸出される状態となり、トランプ政権が経済戦争を行う中国を利することになっている。イラン経済を締め上げ、イラン国内の騒擾を画策してきたのは、トランプ大統領、アメリカの軍産複合体と結びつくポンペオ国務長官、ボルトン元大統領補佐官、イスラエルやサウジアラビアのロビーなどである。

■彷彿させる1950年代初頭のイラン制裁

 トランプ政権のイランへの制裁強化は、1950年代初頭の米英によるイランへの策動を彷彿させる。イラン経済は第二次世界大戦後危機に瀕していた。戦略物資は連合軍に優先的に使われ、投機的商人の暗躍でインフレは昂進し続けた。イランの国土から石油は豊饒に湧き出るものの、その生産・流通・販売はイギリスのアングロ・イラニアン石油会社が握っていた。イランのモハンマド・モサッデグ(1882年~1967年)ら民族主義者たちはイランの経済的苦境を救うにはイギリスがイランで所有する石油施設を国有化するしかないという結論に達した。

 石油国有化はモサッデグ政権成立直後の1951年5月に行われたが、それへの対抗措置としてイギリスはイラン石油を国際市場から排除し、イランの石油収入は1950年が400億ドル余りだったのが、1951年7月から53年8月の間には200万ドル以下にも落ち込み、モサッデク政権は求心力を失い、1953年8月にCIAやイギリスのMI6が画策するクーデターによって打倒された。現在のトランプ政権による制裁強化とまるで同様な構図である。現在、イランではインフレ率は35%を超え、貧困層、学生、定額所得者などを直撃し、また輸入品の価格を途方もなく押し上げている。

 トランプ政権の目的はイランの体制転換だが、アメリカが政権の受け皿と考えるモジャーヒディーネ・ハルグ(ムジャヒディン・ハルク)はイスラムとマルキシズムを折衷したようなイデオロギーをもつカルト集団で、国民の広範な支持を得られそうになく、アメリカのイラン政策は安定した中東の構築とはほど遠い。トランプ大統領はデモに参加している人たちは自由を求めていると称賛したが、トランプ政権によるイラン核合意からの離脱と、イランに対する制裁強化は、イラン国内で騒擾が起こり、イスラム共和国体制を動揺させるねらいがあることは間違いない。

■CIA画策のクーデターによって倒されたモサッデグ政権

 イラン国内でガソリン価格の値上げなど政府の経済政策に対する抗議デモが行われる中で、12月にロウハニ大統領の訪日が検討されている。イランの大統領とすれば、2000年10月のハタミ大統領以来実に19年ぶりの来日になるが、これほど長くイラン大統領が日本にやって来なかったのは、イランの核開発に対する国際社会の厳しい姿勢に日本政府が配慮したからだった。日本はフランスと並んでイランの核合意順守を条件に10月、2兆円の融資を提案するなど、イランにとっては経済的にも頼りにできる国となっている。イランと米国の調停役を日本が自任するのであれば、トランプ政権に核合意への復帰を促すのが筋だが、イランが核合意を順守していなければ米国を説得する前提条件が整わない。

 調停役としての日本ができることと言えば、イランに反米主張を和らげることを促すことも考えられるだろう。革命が成立して40年余りが経ち、革命を知らない世代は国民の半数を超え、王政時代に米国が行った武器の大量売却や、人権侵害で悪名高かった秘密警察SAVAKへの支援などを知ることもない。イラン社会ではインターネットなどを通じて米国文化への憧憬をもつ若者たちも少なくない。イランに強い反米主張がある限り、米国のイランへの不信は拭えないし、今後も経済制裁を解除されない要因となる可能性もある。保守派のハメネイ最高指導者や革命防衛隊幹部こそ対米改善ができる立場にあるといえ、国民生活の改善のために反米主張を弱めることを求めたらどうだろう。

■米国とイラン双方の顔を立てることは容易ではない

 あるいは、トランプ政権が主張する弾道ミサイルの開発を一時的に停止することを説得するなどイランに可能な譲歩を提案するのも一つの手である。仲介役ということになれば、言うまでもなくイランだけを説得することは不十分で、イラン・米国の落としどころを探らなければならない。イラン国内のデモは、米国の経済制裁によって生活に明るい展望が見えないところから発生している。トランプ大統領がしきりに口にする「ディール」しか、目下のところ打開の糸口が見えない以上、ヨーロッパ諸国と同様に、米国との対話にイランが応じるように説得することが日本政府には求められている。

 米国、イラン双方の顔を立てることは容易ではないが、トランプ大統領も選挙を前にして米兵に犠牲が出るような戦争は望んでいないだろう。そうした彼の姿勢はシリアからの米軍撤退やアフガニスタンのタリバンと交渉する姿勢にも表れている。米国、イラン双方の利益になることを考えるというのが日本に求められる役割だが、イランの弾道ミサイル開発や「テロ支援」停止などの言質をイラン政府から引き出し、トランプ大統領に制裁を緩和させるという役割を担えるかは安倍首相の外交的バイタリティーに関わっているといえる。米国、イラン双方にチャンネルをもつ日本にとってイラン問題はその手腕が問われる重大なケースとなっている。

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