首相談話の意義(3)新党さきがけの理念

■混迷する自民党
1991年11月、宮沢喜一内閣が発足すると、私は経済企画庁政務次官として政府の末席に加わった。長年練り上げた生活大国構想を経済計画として世に出す手伝いをする。数十回開かれた部会や小委員会に休まずに出席した。
しかしバブルははじけ経済は大混乱に突入…
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