シリーズ「占領下の日本社会」(51)なぜ戦後日本は「戦犯自主裁判勅令案」や世界分割構想を国民に隠し続けてきたのか
東條英機に代表される陸軍の指導者は、天皇から戦争政策への道を白紙還元するようにとの命令を受けて、昭和16(1941)年10月半ばから政策の練り直しに入ったはずである。しかし、結果的にその姿勢は腰砕けになり、日本は対米英蘭戦争へと突き進んだ。
このシリーズは、敗戦後のアメ…
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