宮川花子さんのプロ根性 過酷な闘病生活も笑いに変える
2019年に一時は「余命1週間」と宣告されながら、車イスで舞台に復帰できるまで回復された、宮川大助・花子の花子さん。今月9日にひとり娘さんが結婚されました。
大助・花子さんとは1983年に出会い、ほぼ同期。19年に花子さんが立ち姿で漫才をされた番組収録も一緒でした。この後、車イスになり、結果的に花子さんの立ち姿での舞台は最後になっています。
当日は「腰が痛とうてあかんねん」とお弟子さん2人の肩を借りてようやく移動できる状態で、舞台袖でも支えられていましたが、出囃子が鳴り出すと、いつものようにさっそうとセンターマイクに向かい、15分の漫才を完璧にこなし、手をふりながら舞台袖で迎えるお弟子さんの元へ倒れ込みました。「痛い痛い、アカンわ、(本多)先生も体弱いねんから気をつけてよ」という言葉を残し、抱えられて楽屋へ戻っていかれました。
数日後、記者会見を開き、多発性骨髄腫を公表。「必ず歩いてセンターマイクへ帰ってきます」と宣言しました。
大助さんの献身的なサポートで病状は回復し、花子さんは車イスながらセンターマイクに復帰。歩いて舞台のセンターに行けないという現実を受け止めることは、本当につらく、車イスでの舞台は悔しい決断だったと思いますが、それでもお客さんを笑わせるんだというすさまじい「芸人魂」がありました。


















