「浅草観音裏小路」坂井希久子氏

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「浅草観音裏小路」坂井希久子氏

 現在、東京には6つの花街があるが、なかでも、昭和30年代には料亭が100軒以上あった浅草は今や4軒、600人いた芸者も20人と激減している。本書は、そんな浅草花柳界を背景に将来もお座敷文化を残していこうと奮闘する3人の女性たちの姿を描いた連作集だ。

「4年ほど前、趣味で長唄三味線を習い始めたとき、かつてのポップスとも言える小唄・端唄の衰退を感じたんです。それは花柳界の低迷と無縁ではないだろうと考え、浅草花街を舞台にした物語を思いつきました」

 生まれも育ちも浅草観音裏。母娘2代の芸者の真白は三味線の演奏を担当する地方。真白と同じ32歳で、踊りを担当する立方の美鈴。そして、半玉になってまだ半年のきよ鈴20歳。年齢も出身も、お座敷での役割も異なるこの3人の目線を通して、物語はつづられる。

 シングルマザーとなり観音裏に戻ってきた真白が、地方に復帰した。必死に稽古をやり直し、緊張で迎えたお座敷。真白の掛け声から入り、三味線と太鼓の音が重なる。美鈴の流れるような所作が空を舞うと、真白は「私の居場所はやっぱりここだ」と喜びを覚える。

 一方、美鈴はたおやかに踊りながらも、内心では転職を考えていた。

「芸者といえば、立方に注目が集まるものですが、私は歌舞伎などを見に行っても踊りより三味線に目が行くたちでしたので、物語の幕開けは地方から書こうと決めていました。そんな地方も立方も芸者はみな、個人事業主なんですね。つまりお座敷がなければ収入もゼロ。実際、コロナの緊急事態宣言下ではどこの花街も大変でした。美鈴の将来に対する不安は、そんなところから来ているんです」

 物語には、お座敷や稽古の場面と共に、さまざまな端唄や長唄も描かれている。<最後は息絶えて地獄に落ちるのか>との解釈がある長唄「鷺娘」は、真白の芸への妄執を、<人の心も知らないで>と歌う小唄「新さわぎ」は、美鈴の心のうちと重なり、どこからともなく三味線の音色が聞こえてきそうだ。そして“元ヤン”のきよ鈴もまた、半人前な自分に悩んでいるのだった。

 花柳界はこの先も存続できるのか。将来への不安が消えないなかで、大イベント「浅草おどり」のチケットが売れない、という問題が持ち上がる。真白たちは浅草花柳界が生き残っていくための策を立てるのだが……。

「真白たちもベテラン勢も、浅草花柳界を存続させたい気持ちは同じですが、片や現代っ子らしくSNSを使って広く知ってもらおうと考え、片やベールに包まれてこそ魅力と考え、相いれないんですね。伝統文化は元をたどれば女性が犠牲になってきた歴史に行き着きます。それは現代の価値観からは受け入れがたい点もありますが、今は時代に合わせてクリーンになってきており、変化しながらやっている。そこはしっかり描いたつもりです」

 物語は後半、浅草おどりのため「サンバおてもやん」をSNSで動画配信し、真白と美鈴が一緒にYouTubeを開設するなど、伝統文化とデジタルが融合していくさまが面白い。そんなある日、ひとりの女子高生が美鈴に駆け寄ってきた。

「花柳界は日本文化が凝縮され美意識が残っている場所。成熟してきた文化自体は否定してはいけないと思います。この本を入り口としてもっと日本文化に興味を持ってもらえたらうれしいですね」 (講談社 2475円)

▽坂井希久子(さかい・きくこ)1977年、和歌山県生まれ。同志社女子大学学芸学部卒業。2008年、「虫のいどころ」でオール讀物新人賞を受賞。「居酒屋ぜんや」「花暦 居酒屋ぜんや」シリーズは長く親しまれている。ほか著書多数。

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