萩本欽一(15)「ネットで見られる『コント55号』は一番面白くないもの。なんでかっていうと…」
「『浅草にいた』って言うなって」
萩本「その時の55号に近いコントを半年間やったけど、3本ぐらいじゃないですか。昔の55号に近いのをやったのは。他はごめんなさいねって感じ。それであの『なんでそうなるの?』を撮って、もう2人で別々に仕事しようって」
増田「お二方とも大ブレークもして、そのあとは坂上二郎さんは俳優でも活躍して」
萩本「はい。二郎さんは俳優やるのが夢だったからずっと。昔のコメディアンは『なるべくコメディアンと言わずに俳優って言え』って先輩から言われてきたからね。『なんでですか?』って聞いたら『コメディアンっていうと安いから俳優って言え』って」
増田「そんな時代だったんですね」
萩本「うん。だから『浅草にいた』って言うなって先輩に言われてたの。テレビ行ったら『浅草にいた』って言うと損になるから。だから、私は逆に『僕は浅草にいました』って」
増田「むしろ誇りを持って」


















