著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

萩本欽一〈16〉「つらいはつらいの向こうにある」棋士・米長邦雄さんが私にしてくれた粋な話

公開日: 更新日:
「粋な人でした」という棋士の米長氏(C)日刊ゲンダイ

 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。

  ◇  ◇  ◇

増田「萩本さんは運を非常に大切にしているとあちこちでおっしゃってますが」

萩本「そう。運こそが人生にとって一番大切なものだと思う」

増田「萩本さんは将棋を指されるので、米長邦雄先生さんなんかも『勝負は運を味方につけないと勝てない』ということをときどき発言されてました」

萩本「米長さんには興味があってだいぶ付き合ったんですよね」

増田「そうですか」

萩本「ええ。でも運の話は聞かなかったな。米長さんから頂いた言葉は、『つらいはつらいの向こうにある』って。何で私にこの話をしたのかな」

増田「つらいことはつらいのの向こうにある」

萩本「ええ。みんながきついな、ああ、もうダメだなって言ってるのは、実まだそこにはつらいも苦しいもない。つらいのその向こうにあるのがつらいんだって。よくわかんない話だねって言ったら、将棋の坂田三𠮷*さんの話をしてくれて」

増田「村田英雄のヒット曲『王将』のモデルの」

※坂田三吉(さかたさんきち):明治から昭和初期にかけて活躍した伝説的な将棋指し。「王将」のモデルとしても有名。大阪・新世界や通天閣界隈の貧しい長屋文化のなかから現れた人物で、学歴もなく、職人あがりに近い存在だった。しかし将棋だけは異様に強かった。風貌も独特でボサボサの髪の着流し。性格は武骨、怒鳴る、盤を叩くという、“浪花の怪物”のような存在として語られた。

萩本「そうそう。橋の上で坂田三吉さんが奥さんから『あんたもう将棋やめてくれ』と、『もうきついよ私は』って言われた。坂田さんは『やめない』って。『おまえさんがそう言うなら私は死ぬよ』『ほんと死んでもいいんですか』と言われたんだそうです。それでも坂田さんは『将棋はやるよ』って言うもんだから、そしたら、奥さんが橋の欄干に飛び乗って『ここから飛び込むよ』『それでもやめてくれないのか』って言ったら、なお『やめない』っつった。結局、奥さんは『あんたにはかなわない』って言ったっていう話でした」 

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