萩本欽一(12)19歳で一家離散「安藤組解散に倣って萩本家も。“皆さん、かいさ~ん”って」
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
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増田「それで、高校卒業してから浅草へ行くんですよね。東洋劇場*に入って見習い下働きから始めて」
※東洋劇場(とうようげきじょう):浅草六区の奥にあり、かつてはレビューや軽演劇の流れを引いた劇場だった。後にストリップ劇場となる。踊り。音楽。笑い。それが時代とともに変化し、いまの形になった。
萩本「はい。それですぐに萩本家の解散式があったの。18歳で浅草に行って、19歳のときに解散式」
増田「解散式?」
萩本「そうそうそう。最近、弟に話聞いたんですよ。おまえあれからどうしたの? って聞いたら『一家が解散式して、高校で結構しんどかったんだけど、アルバイトして、自分で大学行った』つって。偉いね」


















