萩本欽一(17)伝説の「コント55号」結成秘話「坂上二郎さんが嫌で、私、逃げ出してるんです」
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
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増田「二郎さんとは仲が良かったわけじゃないんですか」
萩本「実はフランス座で結構やりあったんですよ」
増田「やりあったとは」
萩本「下の東洋劇場から私が上がってきたから」
増田「上がってきた?」
萩本「そうそう。1階の東洋劇場がストリップ中心で2階のフランス座が軽演劇やコントをやるところ*だったの。そこに『行け』って言われて、言ってみりゃ、会社でいうといきなりヒラ社員から支店長になったようなもんだもん。給料も一番最高の、一番高い2万円に増えるっていうんで」
※東洋劇場とフランス座:東洋劇場は浅草六区にあった大型ストリップ劇場。その内部(2階)に設けられていた軽演劇・コントの舞台部分がフランス座だった。つまり建物全体=東洋劇場.2階の軽演劇空間=フランス座という関係で、萩本欽一やビートたけしなど当時の多くの芸人がここの見習いから出発している。


















