「選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観」久我尚子氏──「行き過ぎた資本主義からうまく距離を取る暮らしの知恵かもしれません」
「選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観」久我尚子著
「かつては、自分で選曲したミックステープで音楽を楽しんでいましたが、今ではAIによる自動再生が当たり前。服はスタイリストに任せ、映画やランチはルーレットで決め、何が届くか分からない本ガチャや旅ガチャを楽しむ人もいます。今や“選ばない消費”は、ごく自然な行動になっているんです。以前は、たくさんの選択肢から自分で選び取ることが豊かさの証しでした。でも今は、『選ぶのはもう疲れた』『誰かに任せた方が合理的』という気持ちに加え『あえて偶然に身を任せたい』という欲求まで広がっています」
著者は、こうした動きを「選ばない消費」と名付けた。本書は、その実態を統計だけでなく、社会学や文学まで横断して読み解く一冊だ。本人は主体的に選んでいるつもりでも、情報や周囲の空気に導かれ、知らぬ間に“選ばされている”こともあるという。
■他者との関係性の中で選択が成り立つ現代の消費
「象徴的なのが“推し活”です。1都3県の20代を対象にした調査では、約半数が現在も推し活をしていました。多くの人は『自分で選んでいる』と感じていますが、回答を詳しく分析すると、『自己肯定感や自信が高まった』『自己表現の方法が変わった』など、他者の存在があってこそ生まれる変化が起きていることが分かりました。SNSで情報を知り、イベントに参加したり、周囲のファンに刺激されて物を買ったり、選択は常に外部の影響も受けているんです。こうした他者との関係性の中で選択が成り立っていることが、現代の消費の特徴です」
若者だけではない。Amazonのおすすめや定期便を使う中高年も、日常的に選択を外部へ預けている。サブスク市場は2023年に1兆4370億円まで拡大し、「選ばない」はすでに消費の大きな軸となった。
「背景にあるのは、全世代が時間に追われる『時間制約社会』です。共働き世帯は仕事と家事、単身世帯は何もかも1人でこなし、高齢者は同じ行動にも以前より時間がかかる。そこへAIやレコメンドが入り、低価格でも品質のよい商品が増えました。長い低成長を経て、消費者も『選ぶこと』そのものに価値を感じにくくなっています。百貨店が苦境に立つのも、豊富な品ぞろえから自分で選ぶというスタイル自体が、かつてほど魅力的でなくなった表れかもしれません」
戦後は物がなくて選べず、高度成長からバブル期には「選べること」が豊かさの象徴となった。明治以来、近代的な自我は「自分で決める自由」を求めてきたが、低成長とデジタル化を経た今、私たちは「選ばない自由」も手にしつつある。選ばないことは、単なる効率化ではなく、選択と自己責任を過剰に背負わされてきた生き方から少し降りることでもある。
「選ばないことは、思考停止ではありません。間接民主制のように、信頼できる人や仕組みに判断を委ねるのは、社会が昔から使ってきた知恵です。大切なのは、誰に、何を、どこまで任せるのかを考え続けること。頑張らなくていいところを省力化し、本当に力を注ぎたいところへ時間や感情を振り向ける。『自分で選ぶ自由』だけでなく、『選ばない自由』もあっていい。過剰な自我や、成長と効率を求め続ける行き過ぎた資本主義からうまく距離を取る。選ばない消費は、私たちがこの時代を生き抜くために編み出した、賢い暮らしの知恵なのかもしれません」 (集英社 1144円)
▽久我尚子(くが・なおこ) ニッセイ基礎研究所上席研究員。埼玉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。NTTドコモを経て、ニッセイ基礎研究所生活研究部門に入社。2021年から現職。専門は消費者行動。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」やNHKラジオ「マイあさ!」などに出演。総務省、内閣府などで委員をつとめる。著書に「若者は本当にお金がないのか? 統計データが語る意外な真実」など。



















