萩本欽一〈41〉“視聴率100%男”余話「ホントは120%なのに、マスコミはうまいね」
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
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萩本「そうなんです。私はね、そういう祝儀の習慣がないから社長に『芸能界ってそうするのが当然みたいに思われてるかもしれませんけど、私はやってませんので』って言ったの。でもいやいやまあそう言わずにって言うから『わかりました、じゃあいただきます』ってそれから申し訳なくてお付き合いできなくて」
増田「でもそういう大人に若いときに会ったっていうのはものすごい財産ですね」
萩本「なんかね、苦労すると必ずいい大人といい言葉がついてくる。だけど、いま若いのと話してて『何かそういう話ない?』って聞くと、何にも出てこないもん。だから今私が言ってるのは『日本総運なし』ってね。こんだけ豊かでも、運がないですよ。昭和は運だらけだよね」
増田「そうですね。隙間もたくさんあったし、みんなが生きる希望を持てた」
萩本「だってね、雪の国からさ、中学卒業してさ、みんな上野駅に学生服で来てね、ネジ作る会社とかに行って。今ね、だいぶ大きくなった会社もあるでしょうけど」
増田「そうですね。でももしかしたら今の若い子たちはそういう運に気づいてないのかもしれないですよね。そういう人がいるんだけど気づかないとか、言葉をもらっても耳から抜けちゃうとか」
萩本「そうそうそう。ダメな奴が謙虚になってそういうチャンスもあるの。私にはちょうど運が出た。30%番組がね、3つ、本当は4つなんだけどね。あれね、マスコミってうまいね。視聴率100%男っていうけど、あのとき『ぴったしカン・カン』*も30%行ってたんですよ。でも入れてないんですよね。番組名に欽ちゃんって書いてないから」
※ぴったし カン・カン:TBS系のクイズバラエティー番組。1975年10月から1986年3月まで毎週火曜午後7時30分から30分間放送。当初はトクホン本舗(鈴木日本堂=現・トクホン)の1社提供、中期からは日立製作所との2社提供、以後複数社提供となった。企画は萩本欽一宅の新年会で、古今東西ゲームの速度感をクイズに転用できないかという発想から生まれた。司会は久米宏。坂上二郎が芸能人3人と組む「ぴったしチーム」と、萩本が一般人3人と組む「カン・カンチーム」に分かれて交互に解答する視聴者参加番組で、クイズの緊張よりトークを重視した構成。久米が出題時に正解部分を伏せるのに用いた「ほにゃらら」は一般語として定着し、正解時の「ぴったしカン・カーン!」のコールとズーム反復の映像効果も名物となった。最高視聴率は1979年11月20日の37.6%。


















